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輝く女性インタビュー

【後編】大学主体の活動から協議会による活動へ―「あしたタウンプロジェクト」を通してまちづくりの真の目的がみえてきた!横浜市立大学 三輪律江准教授インタビュー

横浜市立大学三輪律江准教授

横浜市立大学のCOC事業からスタートした並木ラボを拠点とする地域づくりの流れは、地元企業も参加する協議会へと発展し、金沢シーサイドタウン地区のエリアマネジメントが行われるまでになりました。エリアマネジメントとは、「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」(国土交通省が発行のエリアマネジメント推進マニュアル(2008年))であり、いわば、官ではなく、民が主体となって、幅広い問題解決やまちの活性化と改善に加えて、その地域のブランド力を形成する取り組みのことをいいます。

住民だけでなく、地域のさまざまな組織や企業など、多くのステークホルダーが参加する協議会という新しい体制の中で、並木ラボの役割はどのように変わったのか。後編では、エリアマネジメント協議会を設立した経緯や、エリアマネジメントの中で地域づくり拠点が果たす役割についてうかがうとともに、三輪准教授が、まちづくりに関わるようになったきっかけなどについても深くお聞きしました。

★三輪准教授のインタビュー前編はこちら

聞き手:たいせつじかん編集部

■あしたタウンプロジェクト、始動!

あしたタウンプロジェクトのロゴ

-大学が主体で行っていた地域活性化事業を、さまざまな組織が関わる協議会が、エリアマネジメント活動「あしたタウンプロジェクト」として進めていくことになったわけですね。あらためて、「あしたタウンプロジェクト」の目的を教えてください。

三輪准教授:あしたタウンプロジェクトでは、この金沢シーサイドタウンを“住みたい”“住み続けたい”だけでなく、“訪れたい”まちになることをめざしています。住民の地域への参加促進だけでなく、このまちの認知拡大もひとつの目的になっているというわけです。緑豊かで海がある、車を気にせず安心して過ごせる、こんなすてきなまちですが、そのすばらしさはあまり知られていません。

-人が訪れたいあこがれのまちに自分たちが住んでいることは、よりまちへの愛着やプライドが募ります。まちの活性化には必要な要素ですね!

三輪准教授:だから、ここのインフラを外に発信していく必要があるということで、周辺の企業を巻き込むというエリアマネジメント体制に至っています。このまちのすばらしさを外へ発信してみんなに知ってもらうように、周辺の企業の力を借りるということです。

-しかし、金沢シーサイドタウンを「住みたい」「住み続けたい」「訪れたい」まちにしたい!という目的を、立場や思いが異なるさまざまなステークホルダーと共有することは、相当ご苦労されたのではと思います。エリアマネジメント協議会を発足し、あしたタウンプロジェクトが始動するまでのご苦労の経緯を教えてください。

三輪准教授: (前編でお話ししたように)UDCN並木ラボ(以降ラボ)では、それまでの自治会・町内会などの地縁組織とは違うレイヤーのつながりが生まれ、このまちの集い方が多層的になってきているという、この場所の価値を5年くらいかけて作ってきました。しかし一方で、3年くらい前からは、シフトチェンジするための根回しを始めていました。

「このまちをなんとかしたい」とふつふつと存在している若い世代を、「こういう人たちが並木ラボを求めているのですよ」と話したり、我々を通して見せたりしながら、我々のやりたいことと自治会・町内会などの地縁組織がやろうとしていることの差異や共通性を、時間をかけて理解するようにしてきました。また、さまざまな地域課題を住民だけで取り組むには限界があります。そこで、周辺企業が応援団的に参加してもらうよう、企業を巻き込むことをしていきました。

-企業との連携は地域活性には重要な手段だと思いますが、とてもむずかしそうです。どのように企業を巻き込んでいったのですか?

三輪准教授: このまちのことを、このまちの住民だけで考えるのではなく、このまちの価値を、外(企業)からも評価してもらいました。また同時に、このまちが存在していることが、それぞれの企業にとってどんな価値をもっているかということも、一年半くらいかけて共有していきました。そのうち、ラボのテナントオーナーである横浜市住宅供給公社さんが、ラボ活動をなんとか継続できるようにと、運営事務局側にまわっていただけることになり、協議体へのシフトチェンジが加速したといえます。

-非常に長い時間をかけて、まちがもつ価値、並木ラボのような存在の必要性、地域活性化のための情報発信の必要性など、まちづくりの理念や目的を共有をされたということですね。

三輪准教授:あしたタウンプロジェクトを始動するときにも、理解と賛同を求めて、できれば名を連ねてくださいという行脚をしています。企業だけでなく、幼稚園や保育園、小学校・中学校・高校も足で回って、今後プロジェクトに関するチラシなどの掲示をさせてほしい、今後こういうことをしたいなど、地域全体であしたタウンプロジェクトの理念の理解と共有を求めていきました。

■職住近接、その「ポテンシャル」を「価値」に変える

エリアマネジメント協議会の様

エリアマネジメント協議会の様子UDCN並木ラボFacebookより

-協議会に賛同してくださった企業にとって、あしたタウンプロジェクト活動に参加することは、具体的にどんなメリットがあるのでしょうか?

三輪准教授:もちろん、CSRという社会貢献的な面もありますが、それぞれの企業はこのまちに近接していますから、いろいろなメリットは考えられます。直接的なところでいうと、この場所のオーナーである横浜市住宅供給公社さんでは、このまちをモデルにしながら、この方法論をほかの地区で展開していけるかもしれないというメリットがあります。もうひとつはインフラとして商店街があるので、そこのマネージメントとしてもからんできますよね。八景島シーパラダイスさんや三井アウトレットパークさんなどにしてみると、金沢シーサイドタウンの住人は、顧客であり、場合によっては就業者になるという面もあります。

-確かに。近隣の企業さんにとっては、このまちとつながることで、いろいろなメリットがありそうですね。

三輪准教授:住宅側が周辺企業からのバックアップを得て、我々はあしたタウンプロジェクトという協議会をたちあげ一枚岩になりました。そうすることで、今度は、近接する臨海部産業団地の工業エリア(「LINKAI横浜金沢」)との対話ができるようになっていきました。

全体俯瞰図

産業団地の工業エリアとの対話とは、どういったことを話すのですか?

三輪准教授:職住近接の再構築についてです。(前編でもお話ししたとおり)金沢シーサイドタウンは、「職住近接」もまちの要素としてデザインされていました。しかし実状は、産業団地側にどんな企業があるのか、どういう仕事があるのかということが、住民の方に充分届いていません。また、企業側もこの地区に求人を出しても反応がうすい、なかなか人が来ないねという状況もあり、そもそもお互いを知らないねということが、対話を進めていくなかではっきりとしてきました。

‐お互いを知らないという状況がわかったなかで、どのような取り組みがあったのでしょうか?

三輪准教授:実際は、2年ほど前くらいに、横浜市政策局男女共同参画推進課が地域限定主婦層就労支援事業「ココチャレ(ココからチャレンジの略)」として働きかけを行っていて、そこで得た情報を共有したうえで、補完するふたつのことを行いました。

ひとつは、すでに産業団地エリアで就労している当事者に対して、働いている場所や、職住近接の実践状況などのヒアリングを行いました。産業団地エリア側に、実際にどのくらいの人がそのエリアに働きに来ているのかということを、エビデンスを基に見ていただき、そのニーズについて納得していただくためです。じつは、このまちから働きに来ている人が何人かいるらしいということはわかっていらっしゃったのですが、近場の人が近くで働きたいというニーズは、きちんと産業団地エリア側に共有できていなかったのです。この情報を共有することによって、求人情報は増え、ココチャレの「並木で働こう」という求人プログラムが今年4月に本格スタートしています。

‐ココチャレの求人プログラムとはどんなものですか?

三輪准教授:具体的には並木ラボのなかに、産業団地エリアの求人情報の掲示スペースを設けました。しかしこれらは、単なる求人情報ではなく、このまちの働きたい層の人たちに向けて洗練した求人情報なのです。

‐洗練された求人情報とは、いったいどういうことでしょう?

三輪准教授:まず、ココチャレの求人情報の掲示の特徴は「地図」です。その企業が広い産業団地の、どのエリアのどこにあるのかを整理し、見せ方も試行錯誤の上さまざまな工夫をしています。

職住近接を実現しようとしても、なかなかマッチした求人情報をタイムリーに得ることは難しいです。口コミの求人情報は不明瞭であったり、ハローワークに行くのは子連れで時間がとりづらかったり、インターネットで検索しても、家の横のピンポイントな情報はなかなか探せなかったり。直接対話を行っているわたしたちのような場所だから洗練できる求人情報を、ふらりと来られた住人の方が目にしてもらえる機会をラボのなかに作りました。

求人情報の掲示板

‐確かに、働きたい近接エリアの情報だけが抽出されているのであれば、欲しい情報に届きやすくなり、求職活動がスムーズになりますよね。このほかに、求人情報を洗練させるために働きかけたことはありますか?

三輪准教授: 住人側のヒアリングの中で見えてきた、とくに子育て世代の子どものお迎えや学校からの帰宅時間までに退社したいなどの働き方や就労の形態に関する希望情報を、我々を通して企業側へ投げています。すると実際に、「この希望を反映させた新しい働き方を作ってみるか」となり、よいマッチングができています。このシステムを使って、求人の問合わせも増え、若いお母さんたちも就労をスタートしていると聞いています。

‐実際に働いてほしい人の生活状況や就労に関する希望を聞けるのは、企業にとっても働く側にとっても、効率的ですね。働く場所とまちが近接しているだけでは、職住近接のポテンシャルはポテンシャルのまま。職住近接を実現して、このロケーションが真の価値となるには、お互いを知り合う「場所」が必要。そして、その場所が、並木ラボを含めたあしたタウンプロジェクトということなのですね。

三輪准教授:金沢シーサイドタウン内にあるすべての幼稚園・保育園に協力いただいて、アンケートを保護者全員に配布しました。それらから、居住地と働き方、転職意向、定住意向を調査分析してみると、働いている人もいるけれど、就労意欲もあり、でも働いていない人もいる。また未就労者の方は定住志向が弱いという傾向が見えてきました。我々としては、このまちに定住して、ふたり目3人目のお子さんを産んでもいいかなと思ってもらえるまちでありたい。若い子育て世代のなかで、働きたいのだけど、今はまだそこまでは至らないという方たちの掘り起こしになったり、シニア世代も含めて、今の働き方を職住近接に変える可能性をみつけてもらったり。職住近接のポテンシャルをもつこのまちで、人々にどうやって情報を伝えるかという意味で、ココチャレのこのプログラムは非常にニーズのある取り組みだと考えています。

■大震災の中で感じた「建築の限界」がまちづくりの道へ進めた

まちづくりについて語る三輪准教授

-金沢シーサイドタウンでのまちづくり、地域活性事業は、大学が起点となり、非常に効果的な展開となっていますね。日本のさまざまな地域で、このような取り組みが必要とされている今、まちづくりや地域活性の研究やノウハウの蓄積は非常に重要だと思いますが、三輪先生がまちづくりを研究テーマにされたきっかけは何だったのですか?

三輪准教授: わたしは、乳幼児から学童期までの都市におけるこどもの居場所を研究してきました。もともと建築学を学んでいて。でも建築って、自分の作品をつくっているわけではなくて、だれが、どういうふうにどう使ってくれるかということを想像しながら造っていく学問なのですよね。だから、椅子や机の並びの違いで、人はどう集まって、どんなコミュニケーションが成立していくのかを考えたり、ただソファに座っている人を見て、なぜ彼女はあの位置に座っているのだろうと考えたりする、環境心理学というものも学んできていて、人の行動と環境の関係をみるのが癖になったともいえます。

また一方で、設計事務所で建築士として働いていた時は、主に公共建築を手掛けることが多く、学生時代は、いわゆる“かっこいい”と言われるような建築をつくりたいのもありましたが、建築ってまちに存在する際にインパクトがあって、社会的責任が重いとも思うようになりました。なぜって、とくに公共建築は、みんなに愛されないといけないでしょ?みんなに愛されるって、つまりみんなの合意をとるということですよね。まちづくりと同じように、その設計の正当性を得るのに、たくさんの立場の人の意見徴収や、ワークショップを開いていろんな人の話を聞いてそれを練り返してという手法を用いていました。まちづくりをやっている人に、建築畑の人が多いというのはこういう背景があるのかもしれませんよね。

-建築士の仕事で培ってきた経験が、そのまままちづくりにも生きているということですね。しかし、公共建築を手掛けていたときは、ハード面を造っていたということだと思うのですが、その三輪先生が、人の行動や地域活性などソフト面の研究に移行したきっかけは何だったのでしょうか?

三輪准教授: 当時の建築という業界の役割の限界を感じちゃったのですよね(笑)。箱モノを造っていたけれど、結局造るだけだった時代から、どうやって持続して維持させていくかというマネージメントの時代になったとき、その先のマネージメントの話のほうが、ずっと継続して必要だなということに気づいたんです。それが、ちょうど阪神淡路大震災のあとだったと思います。

東日本大震災でも感じましたが、次に同じ規模の災害が起こったときを想定してどこまで対処するのか、長く使うためには何を備えなければならないのか、復興を急ぐ中にも、長期的な都市の使われ方、維持方法について非常に深く議論されていたように思います。

三輪准教授:震災当時、わたしは西宮に住んでいて、復興事業にもかかわりました。初めての大惨事で、瞬発力と長期持続性という両輪が必要で、そのときに市民力という話が出てきて、参加協働という形が生まれるのを見て、建物をつくるだけの建築士の無力さというのも感じ、もう一度学び直したいと思いました。その後、大学院に戻り、都市における子どもの居場所というテーマで研究をしていましたが、その居場所づくりを、机上論でなく現場でやりたい、それができるのはきっと参画・協働という形のまちづくりだと。これがまちづくりへシフトチェンジしたきっかけとなりました。

-COC事業から始まった地域活性化事業が、あしたタウンプロジェクトという協議体に成長し、金沢シーサイドエリア全体が相互作用しながら価値を高め、持続していくための体制が築かれました。ここに至るまでに、三輪先生が行ってきたさまざまな取り組みは、建築士としての多くの経験や、大災害で感じた、ある意味での建築の無力さから学び得た、まちや建物のマネージメントという研究を通したエビデンスに満ちたものだったのだと改めて理解できました。ぜひ、さまざまなまちづくりや地域活性化事業を実践する場所で、あしたタウンプロジェクトや並木ラボの取り組みが、ノウハウとして拡充できるしくみができたらいいなと感じます。

並木ラボの外観

編集部のひとこと

編集長

かなさん

ある日の並木ラボ、「並木の町を、港北ニュータウンみたいなネームバリューのあるまちにしたいんですよね」と、ある若いお母さん。それを聞いていた隣のおかあさんも「やりたい、やろう」とおっしゃったそう。ただ住んでいるだけでなく、自分のまちは、自分たちが変える、価値を作っていく、あしたへつなげていく、そんな意識の表れのように思いました。ゆるやかなつながりの中で、自分のまちの未来を、自分ごととして話せる場所が増えていくといいなと思いました。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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