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お出かけスポットインタビュー

大磯散歩。明治から現代に続く歴史の町「大磯」の魅力を大磯町観光協会石井晴夫さんに聞いてきました!
大磯の港
穏やかな大磯の港

明治政界の奥座敷といわれ、多くの政財界の要人たちが住み、現代になっても多くの著名人が住む大磯町。2018年は、明治150年記念のイベントが開かれるなど、今大注目のスポットです。

そんな大磯の魅力を、大磯町観光協会の石井晴夫さんに聞いてきました。

インタビューの後は、たくさんの歴史の足跡をたどって大磯歴史散歩してきました!歴史の点と点をつなぐようにお散歩。誰でも聞いたことがある、あの人がここに住んで日本を変えるような決断をしたのかもしれないと思うとロマンを感じますよ!

それではお楽しみください!

聞き手:たいせつじかん編集部

■大磯は点と点を想像力で線にする町です。

大磯町観光協会石井晴夫さん

大磯町観光協会石井晴夫さん。すごくダンディーです。

ー大磯町は明治時代の政財界の要人、現代の文化人まで、数えればきりがないほどたくさんの方に愛された町だと聞いております。なぜ大磯町は、たくさんの方に愛されるのでしょうか?

石井さん:過去に一度まとめたことがあるのですが、260名前後の名前が挙がりましたね。それほどの多くの著名人に愛された理由としては、良い立地であるということが要因のひとつだと思いますよ。

緑深い山を背に相模湾を望む環境にあり、気候は温暖です。さらに、明治20年には、大磯駅が開業して、東京からも非常に近くなりましたからね。

とくに明治時代は明治政界の奥座敷といわれるほど、多くの要人が住みました。例に上げると、合計8名の総理大臣※が住み、それに合わせて、安田・三井・住友・三菱などの財閥も大磯に居を構えたので、政財界の中心が大磯であったといってもいいほどだったかもしれませんね。

※伊藤博文、山縣有朋、大隈重信、西園寺公望、寺内正毅、原敬、加藤高明、吉田茂

ー大磯駅前を見ても感じますが、閑静な町なのかなと思います。また、ほかの観光地と比べても遜色いほど観光資源がありますがあまり強調されていないような印象です。

現在のJR大磯駅

JR東海道線大磯駅の写真

石井さん:そうですね。大磯駅は、今でも夜になると星空が見えるほどですから、ほかの沿線の駅に比べると静かで、煌びやかなお店もありませんからそのような印象をもたれると思います。また、観光資源をあまり強調していない理由としては、多くの観光資源が私有地であるということもあります。

しかし、最も大切にしている考え方があります。それは、大磯町に住んでいる人が、誇れる町であり続けるということです。

決して便利ではないですが、良い街であるということを大切にしています。

ー無理やり人を呼ぶための観光開発をすることよりも、あるがままの大磯町を愛してもらいたいということなんですね。

石井さん:そうですね。少し、偉そうな発言に聞こえてしまったら恐縮です。最近では、埼玉県や、群馬県とも直通で電車がつながったこともあり、年間で100万人近い方が大磯を訪れています。

また、最近では旧安田邸※など私有地を開放いただき、イベントを開催していますがいつも満員御礼となります。

※安田財閥の創始者、安田善次郎の邸宅

ーおすすめの大磯町の楽しみはありますか?

石井さん:大磯町には、点々と著名人の邸宅跡などがありますので、その点と点をつなぎながら歩き、みなさんの想像で線にしながら、歴史散歩をしていただきたいですね。

たとえば、伊藤博文の家の近くには、大隈重信や山縣有朋、陸奥宗光の邸宅跡があります。すべてを見ることはできませんが、その場で思いを巡らせていただく。そして、そこから見える山の手にはたくさんの財閥の邸宅がありましたから、大磯でたくさんの歴史的な決定がなされたことが想像されます。歴史的な背景をご存じの方であれば、より深く楽しんでいただけると思います。

大磯駅を降りて、2時間前後で歴史散歩をしていただけると思いますよ。

■たくさんの日本発祥の地としての大磯町

湘南発祥地_大磯

湘南発祥の地 大磯

ー大磯は海水浴場や湘南の発祥地なんですよね?

海水浴場発祥の地大磯

海水浴場発祥の地を表す石碑

石井さん:そうですね。いくつか発祥といわれているものがありますが、そのふたつはとくに有名ですね。

海水浴場については、初代陸軍軍医総監の松本順が大磯海岸を訪れた際に、世界初の海水浴場といわれている英国ブライトンに近い条件であるということで、大磯照ヶ崎海水浴場をつくったことから発祥の地といわれています。

当時の海水浴は「塩湯治」といわれ、海で疲れを癒すという目的があったようです。

大磯の鴫立庵

湘南発祥の標石がある鴫立庵

また、湘南については、日本三大俳諧道場のひとつ「鴫立庵(しぎたつあん)」の標石に「著盡 湘南 清絶地」※と刻まれているために、湘南の発祥は大磯といわれています。※「清らかですがすがしく、このうえもない所、湘南とは何とすばらしい所」という意味らしいです。

ー昔から大磯の海はたくさんの人を魅了したんですね。では、これから少し大磯歴史散歩に行って来ようと思います。今日はありがとうございました。

石井さん:はい、大磯の歴史を感じながらぜひゆっくりお散歩してみてください。

■番外編:大磯歴史散歩

たいせつじかん編集部が大磯歴史散歩の中で、点と点とつなげてロマンを感じたスポットはここです!

旧吉田茂邸

旧吉田茂邸の日本庭園

広大な日本庭園をもつ吉田茂邸

広大な日本庭園を持つ吉田茂邸。とにかく圧巻の日本庭園。これを見るだけでも価値ありですが、私がロマンを感じた吉田茂邸のおすすめスポットはこのふたつ!

①吉田茂銅像

吉田茂の像

戦後、内閣総理大臣を務めた吉田茂が署名をしたサンフランシスコ平和条約の地、サンフランシスコとアメリカの首都ワシントンの方角を見つめて立っている吉田茂の銅像。

この講和条約の署名にあたっては、吉田茂がひとりで署名をしたという話があるそうです。世論をふくめさまざまな意見のある講和条約であったということですから、大磯の地で悩みながら署名の決断をしたんですね。

②七賢堂

旧吉田茂邸の七賢堂

岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允・伊藤博文・西園寺公望・吉田茂の7名が合祀されている七賢堂。七賢堂の文字は、佐藤栄作元首相が書いたものとのこと。もともとは、大磯にある伊藤博文邸の「滄浪閣(滄浪閣)」に岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允を合祀する四賢堂として残っていたものを、こちらに移設し、七賢堂となったとのこと。歴史好きには、登場する名前がオールスターだなぁと思います。

新島襄終焉の地

新島襄の終焉の地

大河ドラマ「八重の桜」の主人公「新島八重」を妻として、同志社大学を設立した新島襄(にいじまじょう)終焉地です。大磯で療養中にこの地で亡くなったということです。大磯海岸に近い場所なので「塩湯治」していたのかもしれません。点と点がつながりロマンを感じます。

伊藤博文の滄浪閣と、周辺の要人たちの別荘地

旧伊藤博文邸の滄浪閣

言わずと知れた日本初代総理大臣、伊藤博文の邸宅「滄浪閣」跡。

この滄浪閣を中心に、寄り添うように西園寺公望邸、大隈重信邸、山縣有朋邸、陸奥宗光邸跡地があります。明治時代の政界の中心人物がこの地に集まっていたんですね。

この地を訪れると当時の人間関係を含む、教科書や歴史小説では描き切れない何かを感じることができます。風景は当時とは違いますが、見上げる空は同じですね。

国道一号線の松並木と石垣

滄浪閣から国道一号線沿いに少し歩くとある松並木と石垣。この石垣の向こうが、大隈重信邸、山縣有朋邸、陸奥宗光邸跡地です。私有地のため、公開されている日以外は見ることができませんが、当時の歴史的背景をもとに歩いてみて、点と点をつないでみてください。

必ずロマンを感じますよ!

 

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

鎌倉、横浜、箱根など神奈川県の観光地と比べても十分に楽しめる町「大磯」。しかし、楽しみ方は少し違います。見えるものだけではなく、みなさんの想像を重ねながらの歴史散歩を楽しむ。

たった150年前ですが、激動の150年の中心となった要人たちが愛した大磯は今でも、たくさんの文化人に愛されています。その理由を確かめに次のお休みに大磯歴史散歩はいかがですか?

身も心もすっきり、楽しい時間を過ごせますよ!

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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