輝く男性インタビュー
- 楽譜の読めない音楽セラピスト シナリオライターをめざした青春時代の出会いや経験がもたらした音楽療法という道をあゆむ中川ともゆきさんインタビュー
音楽セラピストの中川ともゆきさん
2018年秋の昼下がり。澄んだギターの音色と、ファルセットのようにやさしく、それでいてオペラ歌手のような声量の男性の歌声が、開いたドアから廊下に響いてきます。横浜市都筑区にあるデイサービス(通所型老人施設)の音楽療法の時間です。
小学校の教室ほどの大きさの会場。ステージに向かって整然と並べられた椅子の列は満席。頭を小さくゆすりリズムをとる人、声を出していっしょに口ずさむ人。曲が流行した時代のこばなしに、目をつぶってじっと聞き入っていた人も、目を開けてうなずき、ほほえむ。
会場は、デイサービスらしい折り紙やお習字の作品が飾られていますが、ステージの場面を切り取れば、アコースティックライブを観ているかような感覚になります。今日はこの音楽療法を実践する音楽セラピストの中川ともゆきさんにインタビューします。
聞き手:たいせつじかん編集部
■ノーマライゼーションを追求した究極の『受動型音楽療法』とは?
演奏に聞き入るデイサービスのみなさん
ーお疲れ様でございました。すごい活気でしたね。今日は何曲くらい演奏されたのですか?
中川さん:数えていないので正確ではないのですが、以前数えてくれた参加者に40曲くらいと言われたことがあります。
今日のセッションは「回想音楽セラピー」といって、明治まで時代をさかのぼり、少しずつ現代に近づけながら、その時に流行した歌と時代背景、歌にまつわる話を参加者の様子を見ながら選曲して展開していきます。歌の順番や演奏する曲目はその場で考えています。いつも即興です。
ー即興なのですか!?すると、歌詞だけでなく、流行した時代に関するお話もすべて記憶されているということなのですね!中川さん、まだ生まれてない時代のことなのに、じつに細かい話題まで流れるようにお話しされていて、驚きました!
ところで、本日行った音楽療法とはどういうことをいうのでしょうか?
中川さん:わたしは学会の認定資格は持っていませんが、音楽療法学会では、音楽療法とは『音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能を維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて音楽を意図的、計画的に使用すること』と定義をしています。しかし、音楽療法にはさまざまな民間資格があり、資格がなくても音楽療法を行っている方もいますから、その内容はセラピストが100人いれば100通りあるといわれるくらい多岐にわたっています。「参加者が歌うことが音楽療法」「音楽教育そのものが音楽療法」「楽器を使ってからだを動かし可動領域を増やすことが音楽療法」とさまざまな主張があります。どれも間違いではないと思いますが、わたしのセラピーは主に聴くだけのセッションです。
ーそうなると、中川さんの音楽療法は少し他の療法とは違っているのですね。中川さんの音楽療法の特徴はどういうものでしょうか?
中川さん:参加者が歌う、楽器を奏でる、体操をするというやり方を能動型とすると、わたしの音楽療法は受動型と言えます。能動型セッションを行うこともありますが、施設によっては介護度が高い方が同じ空間に点在することがあり、この人はできるけどこの人はできないということが起こってきて、これはノーマライゼーションに反しているなと感じました。それで、誰でも同じように参加できるのは「聴く」ということではないかと思って今のスタイルになりました。そのうえで、記憶に訴えかけることが脳内への働きかけではないかと考え、演奏の中にその時代を回想する話を差し込んでいます。
学会などではエビデンスを大切にしますが、わたしのセッションではエビデンスをとるのはむずかしいと思っています。ある曲をやったら喜んでもらえたからと、次も同じ曲をやったとしても同じ反応は返ってこない時もありますし、それに同じ音は再現できないと思うので。
ー人の反応を見ながら、即興で選曲して、記憶の回想に働きかけているわけですね。
しかし、正直に言うと中川さんのセッションのスピード感に最初は驚いてしまいました。間髪入れず、次から次へと演奏とトークが流れていき、動作も反応も遅くなってくる高齢者がついてこられるのだろうか思ったのですが、みなさんちゃんとついてきている。これについてどう思われますか?
中川さん:かっこつけて専門的に言うと、わたしのセッションはトランスパーソナル心理療法や回想療法をベースにしたオリジナルの即興音楽回想療法と呼んでいます。これは、集中して何かに夢中になると、意識と無意識の間の変性意識状態というものになり、その状態のときは、日々の生活にある苦痛(トータルペイン)を忘れられ、さらに大脳が休むことにより視床下部や辺縁力系が優位に働き、本来持っている自然治癒力があがるという仮説を立てています。
たとえば認知症の方は、いろいろ混乱しているときもあるけれど、音楽を聴いているときは集中して座っていられる、これはひとつの効果だと思います。
高齢の方にはゆっくり接しないといけないと考えたり、認知症の方を弱者のような扱いをする人が多いですし、ゆっくり演奏するよう指導をする先生もいましたが、わたしはじつはそんなことないと思うのです。たとえば昔の東京ラプソディなんて驚くほど速いのです。このような固定観念にとらわれず、参加される方々の様子や状態を見て喜ばれる演奏をすることを大事にしています。だからこそ、みなさんあのスピードについてきてくれているのだと思います。
■「頭の中のストーリーを形にしたい!」熱い思いが引き寄せた音楽への道
ーこれだけの即興演奏に対応するレパートリーはどのように身につけたのですか?
また、中川さんのセッションの特徴は、ジェットコースターのようなスピード感。しかし、これを心地よい乗り心地に感じさせるのは、澄んだ高音の歌声と驚くほどの声量ではないかと思いました。これらの技術もどのように身につけたのでしょうか?
中川さん:音楽はギターも歌もまったくの独学です。音楽療法士としての資格を取得するために、後年さまざまな学校で学びましたが、自分がそれまで実践していたことに理論を後付けしていた感じです。『なるほど、そういうことだったのね』というふう。
また、レパートリーはセッションやライブを重ねリクエストにこたえていくことで蓄積してきました。知らない曲をリクエストされると、楽譜などを見てもわからないので、その都度CDを買いあさったり、最近ではyoutubeなどでその楽曲を聴いて、耳コピして覚える。そういう繰り返しですね。
ー楽譜が読めないのですか?!
中川さん:楽譜、読めないですよ、読みたいとも思わない(笑)
ギターとの出会いは高校生の時。サウンドオブミュージックをアニメ化した『トラップ一家物語』という番組のエンディングに、主人公のマリア先生がギターを弾きながら『この番組はハウス食品の提供でお送りしました』という提供アナウンスがあったのですが、このメロディーがとてもすてきだなあと思ったのです。それで、たまたまギターを拾ってきて持っていたので、友人に弾き方を教えてもらいました。これが始まりです
その後、コードを押さえるだけでいろんな音が出せることがわかり、小学校の時に使っていた歌の本のコードを見て次々と弾いてみました。これがおもしろくて。それからギターは趣味として続けてきました。だから楽譜は読めないのです(笑)
ーでは、どのような経緯で音楽のプロの道へ進むことになったのでしょうか?
中川さん:はじめから音楽のプロをめざしていたわけではありませんでした。10代のころ、松本零士さんのアニメを観てかっこいいなあとあこがれていて、自分でもいろいろ考えていたら、頭の中でストーリーの構想がいっぱいになってきたのです。これをどうにかして外に出して形にしたいと思い、漫画家をめざし上京したのですが、画力がないことを悟りシナリオライターに転向しました。その活動の中で出会った演出家の方から、「物書きは年をとってからでもできるから、自分で行動できるやり方を選んだ方がいいよ」と言われ、それじゃあということで、趣味で続けてきたギターを活かして、シンガーソングライターの道を進むことに決めました。
ー音楽療法士になろうと思ったきっかけはどこにあったのでしょう?
中川さん:ある友人の弟さんが、交通事故で寝たきりのような状態になり川崎養護学校に通われていたのですが、亡くなられて。家族としては、もうその学校と関わることもないのだけど、それはやはりさびしいので、その学校で演奏会をしたいので手伝ってくれないかということになったのです。この演奏会をきっかけにさまざまな福祉施設で演奏することが増え、とある老人福祉施設でも演奏をする機会が生まれました。
そのうちに、この会社が主催した詩の朗読劇に曲を提供させてもらった時に、音楽療法という仕事があるからやってみないかと誘っていただき、その会社に入社することになったのですね。そこできちんと資格を持っていた方がいいよねということで、音楽療法の学校へ行った具合で、音楽療法に対する高い目的意識や確固たる理念があったわけではないのです。
■聴く人のQOL (生きる力)を支えるセッション
愛車にブンネ楽器を載せてセッションへ
ーそれでも学会で音楽療法に関する研究発表なども行われていますよね。
中川さん:ブンネ法研究(2010年日本音楽医療研究会)のことですね。ブンネ法を会社で勧められてはじめてみた時、これはおもしろいと思いました。たしかに身体機能のハンデの有無にかかわらず、誰でも容易に演奏に参加でき、純粋に音楽を楽しむことができるメソッドだと共感しました。ブンネ楽器のギターの音もとてもいいですしね。
でも何より、ブンネ先生の音楽療法に対する考え方が同じだったように感じた点が新鮮でした。音楽療法にギターを使うという点もですが、エビデンスを重要視しないという点です。とある研究会で「エビデンスがないのにブンネメソッドを成功させる秘訣はなんですか?」という問いに対し、「なぜエビデンスにこだわるのですか?音楽は人を元気にすることはわかっている。でもそれにエビデンスが必要かどうかはよくわからない。わたしはまだ30年しかやっていませんから。」と返していました。
ーわたしもブンネ楽器のギターでロック演奏している動画(https://www.bunnemusic.jp/instrument/swingbar.html)を拝見しました。
楽器を演奏したことがない人が、あの動画のように本格的な曲を主体的に演奏できたとしたら、これはもう自分自身に驚くしかないと思いました。
中川さんのセッションでは、ブンネ法を体験することはできるのですか?
中川さん:はい。都筑区のデイサービスや青葉区のケアプラザなどいくつかのセッションはブンネ楽器を使って行っています。わたしがブンネ楽器でいちばんいいなと思ったのが、楽器が使いやすいことと、ちゃんとした伴奏ができてしまうというところです。音楽療法のために作られた楽器はほかにもありますが、それらには体を動かすという目的があって、メインの音楽に対して邪魔にならない音を重ねるというイメージで、純粋に演奏するものではありません。一方、ブンネ楽器に関しては、それだけでフル伴奏ができてしまうのがすごい。動画を見ていただいたらわかると思いますが、楽器を演奏できない人が、あのような曲を気持ちよく奏でられたら、気分上がりますよね。これは成功体験だと思います。
ーブンネ法やエビデンスにとらわれない中川さん独自のセッションにおいて、目標としているものは何だと思いますか?
中川さん:聴いている方のQOLの向上だと思います。QOL(クオリティオブライフ)とは生活の質と訳されますが、わたしはこれを、恩師の受け売りですが、生きる力だと解釈しています。
生きる力の向上を手伝う。たとえば、これまで生きてきた人生があって、今この時点にいることに対する人生の振り返りをしてもらう時間だと思うのです。自分が選択してきて求めたものや、今までさまざまな困難を乗り越えてきた強さや、この人生は自分でOKを出してきているという振り返りやその人自身がスピリチュアルな気づきができるようにするための回想セッションであると思っています。
もうひとつは、スタッフと利用者さんとの架け橋ですね。利用者さんはどんな時代を生きてきたのか、どんな音楽が好きなのかなどを知ることで、若い人が高齢の人との距離感を縮めることに役立っていると思います。
編集部のひとこと

編集長
かなさん
青春時代、頭の中にいっぱいになった構想を表現する場を求め上京した中川さん。
その道を探る中で、ずっとそばにあったギターが、今、音楽療法という形で中川さんを表現する場を作り出していました。
自分の傍らにあったものが、自分の思いを叶える道筋となってくれる、
すべての出会いや経験に意味があるのだと感じずにいられないインタビューとなりました。
みなさんも何気ない日常の中で、すでに自分を輝かせるものに出会えているのかもしれませんね。
編集部メンバー
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ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。 |
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家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。 |
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好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。 |