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輝く男性インタビュー

鉄道の発展と歩みをともにして123年。鎌倉湘南エリアを代表する駅弁「鯵の押寿し」を作る大船軒 今野高之社長のインタビューです。

大船軒の今野高之社長。歴史的価値も高いという本社前での1枚。

JR大船駅を中心に販売している駅弁「鯵の押寿し」をご存じでしょうか。ちいさいころにおみやげとして食べたことがあるという方も多いのではないでしょうか?

その「鯵の押寿し」は、2021年に販売開始から108年をかぞえ、1世紀を超えて大船軒のトップブランドであり続けています。

そんな大船軒のお話は、鉄道の発展と歩みをともにしてきたロマンあふれる近代史を聞いているようで、とても楽しいものになりました。

ぜひ、お楽しみください。

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■時代の移りかわりとともに

─まず御社の歴史から教えてください。

今野社長:創業が明治31年ですので、今年で123年目の会社です。

それまでは、この地で旅館を営んでいたのですが、当時の内閣総理大臣の黒田清隆が欧州視察に行った際にサンドイッチとであったことがきっかけとなり、創業者の富岡周蔵にサンドイッチを作って、大船駅で販売したらどうだとすすめたようです。それがきっかけで大船軒として開業したそうです。

─サンドイッチを日本で初めて作ったということですか?

今野社長:レストランなどでは出しているところはあったと思いますが、携帯用として日本でいちばん最初に駅でサンドイッチを販売したのが大船軒です。

それが、ものすごく評判になったようです。

とにかく人気がでて、サンドイッチの具であったハムの供給が輸入品だけではまかなえないということになり、自社でハムを製造しようと設立された会社が今の「鎌倉ハム富岡商会」さんなんです。

今では別の会社ですが、当時は兄弟会社だったんです。

─そうなんですね!黒田総理と創業者の方はお知りあいだったということですか?

今野社長:富岡周蔵さんの奥さまが、薩摩藩出身の小松帯刀の姪であったことから、薩摩藩出身の黒田総理とも親交があったようです。

そのことを象徴しているかのようにこの本社社屋の窓には薩摩藩の家紋である丸に十字が残っています。

本社社屋の薩摩藩家紋を意味しているととらえられている窓

大船駅は、横須賀線と東海道線のふたつの路線が通る駅ですので当時からとてもたくさんの人が行きかったのだと思いますが、明治の要人たちからも大船駅の発展を事前に聞かされていたのかもしれませんね。

─なるほど。御社は近代史、とくに鉄道史と歩みをともにしてきたんですね。

今野社長:そうですね。旅館を開始したのも横須賀線の開業を聞いたことがきっかけであったようですから、連携していたのだろうと思います。

 

■世紀をまたいで大エース「鯵の押寿し」

─では、鯵の押寿しの販売開始の経緯を教えてください。

今野社長:販売開始は、大正2年(1913年)です。それから100年以上も当社の売上トップを維持しているエース商品なんですよね(笑)。ほかを見渡しても世紀をまたいで看板商品というのはなかなかないと思います。

なぜ、鯵の押寿しだったのかということですが、江ノ島近海を中心とした相模湾で、当時はアジがたくさんとれたようなんです。そのことに目をつけ、どうにかこれを駅弁として販売できないかと考えたすえに作られた商品なんです。

─なるほど。地元でとれる食材を活用することから生まれたんですね。

今野社長:そうですね。駅弁ですからある程度の日持ちがするものとして押寿しとアジをかけ合わせた、アイデアマンとしての富岡周蔵さんの知恵から生まれたんですね。

そして、当社の押寿しは、単なる押寿しではなく「関東風に握り、関西風に押す」ことをコンセプトとした押寿しなのです。

通常の押寿しは、押し型にお米をつめてぐっと上からちからを入れてお米をつぶしますよね。バッテラをイメージしていただければと思います。

しかし、当社の押寿しは、シャリを一つひとつにぎってから押し型に入れて押しています。ですから、当社の押寿しは、押したネタを包丁で切ることなく、箸で切りはなせます。

食べていただく際に、それぞれが独立してひとくちサイズに切りわけやすい理由はここになります。

─なるほど!あまり意識せずに食べていましたが、言われてみたらそうですね!

今野社長:そうなんです。この製法は、販売開始当初から今でも続いている製法です。現在でも、最後の寿司を押す工程はすべて手作業でおこなっていますので、当社の押寿し独特の味わいを提供することにこだわりもっています。

─御社のこだわりがつまっている商品だと思うのですが、ほかにこだわりはありますか?

今野社長:まずは、お寿司ですので酢ですね。お米には熟成された酒粕を原料とした赤酢を使用しています。この赤酢はコクと香りが特徴ですね。

そして、アジを締める際に使う酢は自社配合した専用の酢を使っていますので、お米とアジにはそれぞれにあう酢を使用しています。

もうひとつはアジです。当社には、中アジで作る「鯵の押寿し」と小アジで作る「伝承鯵の押寿し」のふたつがありますが、その両方とも下処理からカットまですべての工程を担当者が包丁で1枚1枚仕上げています。

─アジをさばく作業も手作業なんですね。

今野社長:そうですね。押寿しにかんしては、現在でもほぼすべての工程を手作業です。当社ではできるだけ販売開始当時の製法、レシピをまもっていきたいと考えていますので手作業が多くなっています。

─世紀を超えたヒット商品の裏には作り手の熱い思いがあるんですね。

今野社長:そうですね。自信をもっておいしいと思える商品の提供を続けていきたいですね。

 

■地元のソウルフードになりたい

─では、御社のこの先のビジョンについてお聞かせください。

今野社長:地元により根差した商品づくりをしていこうと考えています。「大船のソウルフード」と呼ばれるようになりたいんです。

─今でもそのような認識があるかと思いますけどどうでしょうか?

今野社長:いちぶの方には持っていただいているかもしれませんが、もっと鮮明に大船、湘南鎌倉と言えば「鯵の押寿し」と思っていただけるようになりたいですね。

2022年は、鎌倉を舞台とした大河ドラマが始まりますので、よりこのエリアが注目されると思います。当社もしっかりと全国の方に認知していただけるように働きかけをしていこうと思います。

しかし、もっとも重要なことは地元の方たちとのつながりだと考えています。そのためには、商品ラインナップを増やし、またいちぶのコンビニエンスストアでの購入を可能にしたりと、多くの方に当社の商品にふれていただけるようにと考えています。

─地元に愛される商品をめざすということは原点回帰ですね。

今野社長:駅弁業界はコロナ禍の影響を大きく受けました。報道にはあまり出ませんでしたが、人の移動を前提とした商品ですから当たり前のように大きな売上減がありました。

コロナ前までは、当社の売上の多くに東京駅での販売がありました。東京駅は駅弁が本当によく売れるんですね。でも、コロナをとおして原点回帰、鯵の押寿しと地元に軸足を戻して行くと決めました。

100年以上の歴史をこの地で歩んできましたので、地元に愛される商品、会社になりたいですね。

─今日はありがとうございました。

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

東海道線、横須賀線をはじめとする日本の鉄道の発展と歩みをともにしてきた大船軒。そして、100年以上の歴史を持つ鯵の押寿し。これからも大船駅を中心とした鎌倉湘南エリアをもりあげて、そして愛されていくのだと思います。

大きく価値観が変わるできごとが多くあるなかで、軸足を地元に戻す。原点回帰するのだという大船軒の挑戦を応援したいと思います。

今日の帰りに鯵の押寿しをおみやげにいかがですか!?

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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