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輝く男性インタビュー

今井翼さんが幼少期から今、そして未来を語る。節目を迎える今井翼さんがこの先に見据える未来とは。

松竹エンタテインメントに所属する今井翼さん

今井翼さん 

40代を迎える2021年を節目と語る今井翼さんに、幼少期から現在までのお話とここから先に見据える未来のお話をお聞きしました。

若くしてエンターテイナーとしてデビューを果たされた今井さんの苦悩、そして乗り越えた困難とそこに見つけた家族の愛など、さまざまにお話してくださいました。

今井さんの力強く、やさしい言葉の詰まったインタビューとなりました。
ぜひ、お楽しみください。

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■若き日の経験が基礎となって今がある

幼少期のお話をする今井さん 

-今井さんは、神奈川県のご出身だとうかがっておりますが、幼少期の思い出からお聞かせください。 

今井さん:生まれは横浜なんですが、物心がついたころには辻堂に住んでいました。今の辻堂駅周辺は、大きなマンションがたくさん建っているので随分と風景は変わってしまいましたね。当時は私の父が勤めていた会社の社宅がありましたのでそこに住んでいました。

そこには野球のグラウンドや大きな公園があったので、社宅に住んでいる同級生といっしょになって暗くなるまで遊んでいました。

あとは、当時は電車が好きで東海道線やロマンスカー、江ノ電などを見に行ったりしていました。

-当たり前ですが、私たちと変わらない幼少期ですね(笑)。

今井さん:当然そうですよね(笑)!あとは、平塚市に祖父母の家があったのと、祖父が平塚球場で選手のネームプレートを書くという仕事をしていたので、平塚球場で開催される大洋ホエールズ(現在の横浜DeNAベイスターズ)の試合を見に行っていましたね。

また、中学生になるかならないかのころにJリーグが発足し、ベルマーレ平塚(現在の湘南ベルマーレ)の練習グラウンドに行って選手のサインをもらいに行ったりしましたね。

-神奈川県のご出身なので当たり前なのかもしれませんが、神奈川県出身の私としては身近なエピソードでとてもうれしいです。
では、そこから芸能界にデビューされたころのお話をお聞かせください。

今井さん:正直、私自身は芸能界にまったく興味がなかったのですが、ダンスを褒めてもらったことがうれしくてがんばってみようと思ったことを覚えています。

はじめは仕事という感覚ではなく、誰かに褒めてもらえることがうれしくてがんばっていたと思います。

当時は、辻堂から電車で東京の仕事現場に向かっていたので、今でも電車に乗ると当時のことを思い出すことがありますね。

-しかし、早くからテレビを中心として芸能活動をされるなかで苦労や苦難もあったのではないですか?

今井さん:辛いかどうかは人それぞれですが単純に実力主義の世界ですし、私の代わりになる人はいくらでもいる、いつポジションを奪われてもおかしくないのだという危機感はもっていたように思います。

でも、そういったことのなかに普通では経験できないような貴重な出会い、体験などがたくさんありました。

今思えば当時はすごく楽しかったし、そのころの経験が基礎としてしっかりと今の私のべースになっていると思います。

 

■山田洋次監督と両親に対する思い

-では、これまでの芸能活動のなかで印象に残っているできごとやエピソードがあれば教えてください。 

今井さん:それはたくさんありすぎて、ひとつ挙げるのはむずかしいですね(笑)。

個人的なお話になってしまいますが、私はまもなく40歳を迎えます。昭和という時代を駆け抜けた役者さんや、映画監督、それに携わられたスタッフの方たちとお仕事させていただくこともあります。

そういった大先輩たちと接することができるというのは一生ものの経験であると思っています。

-具体的に印象に残っていたり、影響を受けたなと思われている方がいらっしゃれば教えていただきたいです。

今井さん:そうですね。そういうことであれば、山田洋次監督だと思います。監督の作品に出演させていただいたことが出会いのきっかけでしたが、のちに山田監督が僕のことを「どちらかと言えば遅咲きだし器用ではないタイプだけど、すごく良くなる」という思いをもって接してくれていたと知りました。

そのことが心からうれしかったんです。

僕が病気で休んでいるときも山田監督がお手紙をくださり、本当に励みになりましたね。退院後には山田監督にすぐに会いに行かせていただきました。 

-とても良いお話ですね。今井さんは出会いというものをとても大切にされていらっしゃるんですね。
先ほど病気でお休みをされていたというお話が出ました。若いころから第1線でがんばってこられて急に休むということは不安もあったのではないかと思うのですが、そのときはどのように乗り越えられたのですか?

今井さん:美化するような話ではありませんが、両親の愛情だったと思います。とくに母は毎日のように病院にお見舞いに来てくれましたからそのやさしさに支えられたのだろうと思います。

母のやさしさや父の力強い姿を目の当たりにし、あらためて見習っていきたいと思いました。

 

■役者として新しいもの見せていきたい

-これからの未来をどのように見据えているのか教えてください。

今井さん:これまで25年近くマルチに挑戦させてもらい、さまざまなエンターテインメントを経験してきました。これまでのキャリアは僕の宝物です。エンターテイナーとして、一つひとつを大切にしていきたいと考えています。

そして、40代を迎えた今の自分は、役者業をひとつの軸として考えていきたいです。

役者という仕事は、一つひとつに手応えを実感できるのですが決して満たされることのないお仕事なので、これから先も1歩ずつ登っていきたいと思っています。

-どのような役者さんになりたいかという具体的なイメージをおもちなのですか?

今井さん:まず、大前提として役者として人格者になりたいです。それを意識することでお芝居に幅が生まれると思います。

そして、良い意味で、お客さまの期待を裏切られるような役者になりたいです。3枚目のおもしろい役をもっともっとやりたい。役者としての今井翼をもっと汚してもらいたいですね。

-では、最後に読者の方へのメッセージをお願い致します。

今井さん:今は、コロナ禍でたいへんな思いをされている方も多いと思いますが、うまく気持ちを切り替えて前向きにいっしょに進んでいけたらいいなと思っています。

僕も性格的に心配性で、結果的に取り越し苦労だったという経験がたくさんあるので自分に言い聞かせている面もありますが、いろいろなことを肯定的に捉えられるように気持ちを切り替えていきたいと思っています。

神奈川県は自然がたくさんありますから、気持ちを切り替えるときには海へひとりドライブにいきますが、とても良い気分転換になりますね。

■今後の出演情報

▼映画「彼女が好きなものは」
12月3日より公開
https://kanosuki.jp/

▼リーディング・コンサート『ベートーヴェンからの手紙』
12月3・4日
彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
https://beethoven-tegami.tokyo/

▼今井翼 Christmas Live「ありがとう藤沢」
12月24日16:30開演
藤沢市民会館 大ホール
https://www.tsubasa-imai.com/statics/arigatoufujisawa

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

お忙しいスケジュールの合間であるにもかかわらず、私たちの質問に対して、一言ひとことていねいに回答していただきました。

エンターテインメントの最前線で活躍された今井さんだからなのか、対峙するすべての人に対してネガティブな感情をいっさい抱かせない大きなやさしさを肌で感じることができました。

私にとってとても充実感のあるインタビューとなりました。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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