輝く男性インタビュー
- 空石積みの技術と風景を守りたい。「旅する石積み屋」の田代紘士さんインタビュー
旅する石積み屋の田代紘士さん
幼少期からサッカーをしていた田代さんは大学卒業後、プレーの場をイタリアへと移しました。そのイタリア生活のなかで日本のことを聞かれたときに、何も答えられない自分がいたとおっしゃいます。
日本に帰国してから自国のことや文化を知りたいという思いが次第に強くなっていくなかで出会った「空石積み」。地域によって個性のある石積みの魅力に惹かれた田代さんは、石積みがSDG’sの最先端だと語ります。
多くの方が1度は目にしたことがある石積みについてのお話です。ぜひお楽しみください。
聞き手:たいせつじかん編集部
■日本のことを知らない自分がいた
海外生活を経て、もっと日本のことを知りたいと思うようになった
-まず、田代さんがされている「旅する石積み屋」とは、どういうものなのか教えていただけますか?
田代さん:石積みの修繕や新設の請け負い、空石積みのワークショップの講師など、石積みに関する相談は何でも受け付けています。住まいは神奈川県内なのですが、とくに拠点はもたず全国で仕事をしております。
-石積みとは、城の塀や石垣のイメージでしょうか?
田代さん:そうですね。空石積みはコンクリートを使わず石だけで壁を作る工法です。昔からあるお城の石垣もコンクリートは使われていないので、空石積みのひとつです。
ただお城の場合は加工した石を使用したりして、敵が登れないように石と石のすきまをできるだけ埋めるようにしていますが、私がおもに行っている空石積みでは、とくにそのような加工はせず自然の石だけで施工しています。なので、石同士のすきまもあります。
-より自然なものなのですね。では、田代さんがなぜ石積み職人になったのかを教えていただけますか?
田代さん:幼少期からずっとサッカーをしていて大学卒業後はイタリアでプレーしていました。
イタリアで生活していると現地の友人たちから日本のことを聞かれる機会が多くあります。けれど、日本のことを何も知らなかったためにまったく答えられない自分がいました。
イタリアの友人たちは自分がくらす地域のことをすごくよく知っていて、誇らしげに話して聞かせてくれるんです。かっこいいですよね。
日本のことを何も知らない自分にはずかしさを感じるいっぽうで、日本の歴史や文化をもっと知って、それにかかわる仕事をしたいと漠然とですが考えるようになりました。
そして、日本に帰国したあと、実家のある神奈川県から当時住んでいた大阪まで自転車で旅していたときに、各地に美しい石積みの風景があることを知りました。
小田原市内の石積みの風景
石積みはおもしろくて、地域によって個性があるんです。たとえば使っている石質の違い。川の近くでは石が丸かったり、山の近くだと石がごつごつしていたり。その土地にある石を使って、その地域の人々が自ら石を積んでいるからなんです。
-石積みは、その地域を表すひとつの風景にもなっているんですね!
田代さん:そうなんです。ですが、空石積みができる人たちの高齢化などで石積みを修復できる方が減っているという現状があります。それなら自分ができるようになって石積みの技術や文化を残したい、さらには地域によって個性をもったこの風景を残していきたいと思うようになり、次第にその思いが強まっていき、旅する石積み屋を始めたきっかけとなりました。
■「一ぐり・二いし・三に積み」
石積みの魅力に気づいたと話す田代さん
-石積み職人になるために、まず何から始められたのですか?
田代さん:大阪の土木専門学校に通っているときに、週末は徳島県で開催されていた「石積み学校」にも通い、石積みについていちから学びました。80代の師匠に教わりながら何度も石積みを崩して積んで。いくつもの現場を経験させてもらううちに、どんどん石積みがおもしろくなり夢中で師匠の技を学びました。
それから、横須賀市の建設会社に2年半ほど勤めたあと、本格的に石積み職人になろうと2020年の10月に旅する石積み屋を立ち上げました。
冒頭でお伝えした空石積みは、石だけで石垣をつくる昔ながらの工法です。空石積みを学んだ徳島県はみかん畑が多く、農地や民家の屋敷まわり、お寺といったところに空石積みが施されています。これらのなかでもとくに農地の石積みは職業的な石積み職人ではなくふつうの農家の方々が積んでいるものが多いんです。傾斜地の多い地域の農家の方にとって、石積みは農業のひとつの技術だったんです。
-農家の方々がご自身で積むことができるんですね。石積みはどのような作業工程になっているのですか?
田代さん:石積みがいち部崩れた現場では、まず石積みを崩しながら大小の石と土に分ける作業から始まります。積んである石をすべて取り除いたあとは、石積みの土台となる「床(とこ)」を作ります。要は、上に石を詰めるようにしっかりと整地するんです。それから1段目の「根石」を置きます。根石は石積みの最下部で、重要な部分です。なるべく大きな石を選びます。あとは、下から順に積み石を積んでいき、いちばん上の「天端石」をおいたら土をかぶせて完成です。ポイントはいろいろありますが、大事なのは「一ぐり・二いし・三に積み」だと師匠に教わりました。
-「一ぐり」とは何のことですか?
田代さん:石積みは、表面に見えている積み石の裏に、こぶし大の小さい石がたくさん詰まった構造をしています。その小さい石をぐり石と呼ぶのですが、これが重要な役割をもっています。ひとつは角度を調整して固定する役割。ぐり石がないと積み石も安定せず、石積み自体の強度も高められません。もうひとつが石積みの排水性を確保する役割です。
大きな積み石の裏に詰められたぐり石
強固な石積みを作るうえでいちばん大事なのはこのぐり石をちゃんと入れることで、次に石の形質、最後に積み手の技術と続きます。石積みはむずかしい技術と思われがちですが、積む技術よりもとにかくきちんとぐり石を入れること。これがいちばん大切なんです。
-それが、「一ぐり、二いし、三に積み」ということなんですね!
■石積みはSDG’sの最先端
インタンビュー当日には作業風景も見せていただきました
-空石積みの工法は時代が進むにつれて変わってきているのですか?
田代さん:これが変わらないんですよね。何十年も何百年も昔と同じことをやっているんです。これにとても感銘を受けましたね。
それに空石積みは、コンクリート擁壁と違って環境に負担をかけませんし、作物にとってもいいと言われています。
-それはなぜですか?
田代さん:まず水はけがよく、土が流れにくいという点があります。さっきも言いましたが、積み石の裏にはグリ石がたくさん詰まった層があり、ここが排水層になっているんです。さらに、太陽の光を浴びた積み石はあたたまり蓄熱するので、土や畑の作物を低温から守る効果もあるそうです。
-なるほど、そういう効果もあるんですね!
田代さん:もうひとつ空石積みいいところは、もし災害などで崩れてしまったときです。
コンクリートを使った擁壁の場合、崩れたコンクリートは産業廃棄物になるので、撤去して別の場所へ運搬し、砕いてまたどこかへ運搬しなければいけません。これだけでもかなりの時間と労力が必要になります。
しかし、空石積みだと崩れてもごみは出ません。そこにある石や土といった資源を使って積み直すだけでいいわけです。石の一つひとつは強いので、そう簡単に形を変えることもありませんから再利用が可能です。
-プラスマイナスゼロが続くんですね。すてきですね!
田代さん:まったくごみを出さず、環境に負担もかけない。この持続可能性も私が石積みに惹かれた魅力のひとつでもあります。石積みはまさにSDG’sの最先端をいっていると思います。
ただ、問題としては、石積みをできる人がいなければ職人もいない。庭師さんのなかには空石積みをする方もいますが、農地のやり方とは少し違います。自分で石積みをしたくても誰に教えてもらったらいいかわからないですし、石は重いので体力的にもひとりではむずかしいということです。
-では、今後はどのようにしていこうと考えていらっしゃいますか?
田代さん:職人さんがいないのはこの仕事で生計を立てるのがむずかしいからなので、「旅する石積み屋」の仕事をとおしてまずは石積みのすばらしさやおもしろさを多くの方に知ってもらえたらと思っています。
石積みに関心をもったり価値を見出したりしてくれる方が増えれば、少しずつ需要が生まれてくるのではないかと思います。
そのために私は石積みの技術向上に励み、このすばらしい風景を守っていくことが重要だと考えています。
ワークショップに参加して空石積みのことを知り、自分の家のまわりをコンクリートではなく空石積みで積みたい、と言ってくれた方も実際にいました。意外かもしれませんが、コンクリート擁壁よりも空石積みの方が安くできることが多いんですよ。それも魅力かもしれませんね。
旅する石積み屋としては、仕事がもらえるのはありがたいんですが、日本各地に石積みの棚田や段々畑ができたのは、職人だけでなくふつうの農家の人々も石積みができたからだと思います。
だから、職人ほどの技術がなくても崩れたら自分で修復できるくらいの技術をもつ人が増えていけばいいと思っています。そうすれば日本各地にまた新しい石積みの風景が生まれるんじゃないでしょうか。そんな未来を想像するとわくわくしてきます。
-田代さんのお話をお聞きして、時代が進んでいくいっぽうで、昔の技術や歴史などにフォーカスする時代が訪れてきているように思いました。先人の知恵はとても理にかなっていますよね。
本日はありがとうございました。
編集部のひとこと

ライター
ゆめちゃん
今から5〜6年前に石積みと出会い、石積み学校を経て、昨年10月から旅する石積み屋として活動されています。
活動の目的は、石積み技術の向上と風景を守っていくことですが、それ以上に石積みを通じてめぐり合う出会いが自分にとってとても貴重なものなのだとおっしゃいます。
だから、決まった拠点をもたない「旅する石積み屋」なのですね。
石積みについて興味がある方は、ぜひ「旅する石積み屋」に問い合わせてみてください!
そこでまた新たな出会いが生まれると思います!
編集部メンバー
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ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。 |
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家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。 |
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好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。 |