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輝く女性インタビュー

真冬に咲く復活の花”アーモンド”のように―【傾聴】を軸にした支援で生きづらさを抱える人を支えるNPO法人アーモンドコミュニティネットワーク代表 水谷裕子さんインタビュー 【前編】

横浜市都筑区北山田―某大手賃貸住宅の管理・運営会社が発表している「まちの住みごこちランキング2019」で、渋谷区広尾や、千代田区・新宿区にまたがる市ヶ谷につづき、堂々第3位にランクインした話題のまちです。

このまちを通る横浜市営地下鉄グリーンラインの北山田駅直結ビル「エキニワ北山田ビル」に、NPO法人アーモンドコミュニティネットワーク(以降、ACN)の拠点があります。

ACNは、「子ども・青少年支援事業」によって子どもたちが安心して過ごせるフリースペースで学習支援や相談支援を提供したり、「シニアの通所型支援拠点」として地域にお住まいのシニア世代の方に向けて、介護予防や地域とのつながりの場を提供しています。

また、外国につながる子ども・親・家庭、障がいのある人、さまざまな背景のなかでひきこもりや不登校になっている本人や家族などへも、幅広い支援の枠組みを展開しています。

今回は、多様な支援を提供するNPO法人アーモンドコミュニティネットワーク 理事長 水谷裕子さんに、ACNのなりたちや水谷さんの支援の原点などのお話をうかがい、ACNの支援の根幹をなす「傾聴」ということがらに触れることができました。

「相手を受容すること」を深く感じるインタビューです。

 

■いっしょに居る。だから、あなたを理解する。

-水谷さん、本日はお忙しいなかありがとうございます。よろしくお願いします。

水谷さん:こちらこそよろしくします。

-ACNでは非常に多岐にわたる支援の枠組みを提供していますね。子ども、青少年、シニア、外国につながる人びと、そして障がいのある人。水谷さんが、このような方がたの支援を行うのには、どのような背景があるのでしょうか?

水谷さん:私は20代のころは英語の先生をしていました。母の勧めもあって、学生の頃から英語の学びに力を入れていたのですが、根底にあったのは「兼高かおる世界の旅」というテレビ番組。ご存知ですか?日曜日にあの音楽が流れて楽しみにして観ていました。それと外国の地理や文化が載っている月刊教育本が自宅に届いて、それを熱心に読みふけって、世界の国や文化、異なる人々や異なる言葉にとても関心が高い少女時代を過ごしていました。そこから英語を教えるという職に就くわけですが、そのころは支援者としての考えも経験もまったくありませんでした。

-純粋な教育者だったということですね。

水谷さん:そうですね。教育者というよりは、会話を通して英語を身に付けるドラマ方式のメソッドを展開するスタジオに所属していて、そのスタジオから学校へ派遣される形でも英語の先生をしていました。当時、派遣された学校が、自閉症児と健常児を同じ施設で教育する「自閉症児との混合教育」をするとてもユニークな学園だったのです。

-「自閉症児との混合教育」ですか?

水谷さん:はい。自閉症児の能力や特徴に応じて健常児のクラスでも学ばせます。特定の教科は優秀で、健常児といっしょに学習する子どももいました。当時普通級に1割くらい自閉症の子どもがいっしょに英語を学んでいて、世界的にもめずらしい形態でしたので、海外から子どものためにこの学校を探して転入してくる家族もあって、クラスには自閉症で外国籍の子どももいました。

そのような学校で、20代のわたしが自閉症児への対応に迷っていると、クラスメイトの子どもたちが「この子は今こう思っているのだよ」とか「この子にはこうやって伝えた方が分かるのだよ」とか教えてくれたのです。それまで経験したことのない世界に目が開かれました。

-子どもたちがふだんのかかわりのなかで、自閉症のクラスメイトの気持ちや行動を理解しているということなのですね?

水谷さん:そうですね。日々のかかわりを通してこそ人は理解し合えるのだということを子どもたちが教えてくれました。障がいのある人とない人で分けて教育をしていたら、子どもたちは障がいのある人のことを理解する機会はもてなかったでしょう。混合教育というなかに飛び込まされて、わたしは「ともに生きる」という価値観と出会ったわけです。

-その後、水谷さんのなかでどのような変化が起きましたか?

水谷さん:それまでは英語しか教えていなかったのですが、この学校で障がいのある人との関わりができたことで、今で言うオルタナティブ教育に目を向けるきっかけとなりました。日本で勉強会が始まっていたシュタイナー教育に関心をもって参加したり、「聴くこと」を教えてくれたドイツの作家エンデの小説「モモ」に強く心惹かれたりしました。

-水谷さんの思考や理念の根底に、「一人ひとりの個性を尊重する」シュタイナー教育の考え方が根付いているのですね。

水谷さん:そうかもしれませんね。その後、30代のときに洗礼を受けてプロテスタントのクリスチャンになりました。当時通っていた教会にはカウンセリングができる方がいて、その人のアシスタントとして現場を経験する機会を得たので、英語を教えながらカウンセリングの経験と学びを積んでいくことになりました。

-子どものころから学び続けた英語がきっかけとなり、障がいのある人やその人を理解する周囲のあり方などの経験から、水谷さんの世界は変化し始めたのですね。

水谷さん:そうですね。じつは、障がいのある人との出会いはすでに小学生の時にもありました。近所にダウン症のお子さんがいるご家庭があったのです。私が住んでいたのは商売が盛んな問屋街の大きなまちでしたが、その子の家はひときわ大きく立派なビルで、めずらしい動物のペットもいてお姫様みたいにとても大切にされていました。そこへ遊びに行くと、妹ができたようでかわいくて、小学校にいっしょに通うことを楽しみにしていました。でもその子は地域の小学校ではない別の小学校に上がっていきました。

わたしは「どうしてあの子は違う学校に行くの?」と不思議に思って明治生まれの祖母にたずねると「いろんな学校があるんだよ・・」と。その後「昔は障がいのある人はお多福さんと呼んでその家にはたくさんの福があると言ったもんだよ」と話してくれた記憶があります。

このような家族の中で育ちましたから、子どものころから障がいに対して負のイメージはなかったように思います。今考えると、彼女といっしょに遊んで楽しい時を過ごしたから彼女がどんな人かを私は知ることができていたし、障がいのあるなしで始まった関係ではなかったのだなと思うのです。

-同じ空間や同じ時間を過ごすことの重要性が水谷さんのなかで確信となったわけですね。

水谷さん:ともに生きていないと異質だし怖い。だけど小さいときからいっしょに過ごしていれば、それぞれの個性として経験して、何に困っているかわかるし、逆に自分にないすばらしいものをもっているということに気付いたりもできるのだと感じました。だから、子どもの時からいっしょに生きるという時間を少しずつでももつという経験が大切だと考えるようになりました。これは、外国につながる人たちの問題でも同じことが言えますね。

-ACNでの支援の根底にこの考えは根付いているのですね。

 

■北山田のまちづくりとACNのなりたち

-ここからは、ACNの沿革についておうかがいしたいと思います。ACNが現在のようなNPO法人となるまでに、どのような軌跡をたどったのでしょうか?

水谷さん:1996年の頃、私は教会の仲間と小さい部屋を借りました。教会活動をしようとしたわけではなくて、教会に来る前に問題が重くなっている人を見て来ていたので、問題が重くなる前に苦しんでいる人に地域で目を向けていかなくてはいけないと思ったからです。

-そのときは、どのような活動をされていたのですか?

水谷さん:「傾聴」と掲げていたわけではなかったのですが、じっさいにやっていたことは同じだったと思います。『よく聴きなさい』という言葉が聖書にたくさんありますが、悩んでいる方の話に耳を傾けることで、その方の抱えている問題がやっと分かるという経験をしてきました。その後、北山田のまちができた1998年ころ、ACNの活動の始まりとなる事業を行いました。

-できたばかりのまちでどのような事業を行ったのでしょうか?

水谷さん:当時は道路も通じていなくて、向こう一面の丘ばかり。できたばかりの北山田小学校のコミニティハウスで「何か事業をしてくれないか」と頼まれて、『対話によるカウンセリング勉強会』を企画して教え始めました。しかしやってみると、女性ばかりの参加者のほとんどが何か課題をもっている人たちだということが分かってきました。子どもがひきこもって家にいる、複雑なご家庭の事情や、ご自身のメンタルの問題など。

-カウンセリングを学ぶ勉強会だったのが、じっさいは参加者ご自身にカウンセリングが必要な方が多かったということですね。

水谷さん:はい。そういうグループだったので、事業終了後もグループとしてそのまま継続して学びを続けました。またその後、いろいろな講座を開催したり、英語を教える子育てグループなどを作ったりもしました。しだいに、参加してくれた人がご自分の子育ての相談も含めて参加してくれるようになりました。

-新しいまちって、学校も建て物も新しくてきれいだし、まちは便利に整備され、お店もこれからどんどん増えて、希望のかたまりのような印象をもっていましたが、どうして課題を抱える人が多かったのでしょうか?

水谷さん:当時はまちが発展する最中でしたので、地区センターなどの施設もできる過程で、地域サークルなどもまったくない状況でした。また、転入者のまちであるニュータウンでは、公園デビューもむずかしいということもありました。横のつながりがないお母さん、ここで生まれ育っているわけではなくて、赤ちゃんがいても頼める親族も身近にいない。今のように行政の子育てサポートシステムも充実してなくて、子育てをしながら不安を抱え、心を病んでいく人もいたのです。

-地区センターなど地域のつながりを生む施設って、とても重要な役割を果たしていたのですね。それがないと、お母さんたちはひとり悩みを心に閉じ込めて過ごさなければならないのですね。

水谷さん:20数年前の当時は、「カウンセリング」や「相談」といっても一般のお母さんは「そこへ相談しに行こう!」という感じではありませんでした。それこそ心療内科ができたのもそのころ。私たちは「子育ての会」と言いながら、じつは参加者のなかで相談する場所がない人やその方たちの家庭を支えることとなり、結局は相談支援活動をしていた感じです。

-どのような相談がありましたか?

水谷さん:ご自身の問題だったり子どもの発達の問題だったり。たとえば、育てにくいとか、クラスに入れないなど。今は「うちの子ADHD系で。」とか「どっちかと言うとアスペルガーかな。」と相談者から言われることもありますが、当時は発達障がいという言葉も把握されておらず、ただただ子どもの行動が理解できず困っていらっしゃる親が多かったです。

-児童相談所などに相談というと、とても敷居が高い印象も受けますしね。手の届くところに相談できる場所や人が必要だったということですね。

水谷さん:そうですね。それで、このころから傾聴を教えるということを主軸にし始めました。カウンセリングや相談で支えると同時に、参加者が「お互いの話を聴く」ということにも目を向けたのです。傾聴を学びながら、お互いの話を聴くことで、みんな楽になって帰っていました。「来てよかった」とか「リセットできた」とか。そういう言葉があるので、お互いが対話できる勉強会が必要でした。それと、とくに思春期や青年期の子どもの抱える問題は、親が子どもの言葉に耳を傾け、子どもの話を聴くようになると変化して行きます。

 

■傾聴によって救われる支援者自身の姿

水谷さん:その当時、「傾聴」というと高齢者施設に傾聴ボランティアの訪問活動が始まったころでした。その傾聴を、子どもを育てる支援や親と子どもの関係をよくするために役立てようとしました。思春期になると、子どもは自分の力で考えたいのですが、親が先に介入したり、答えを言ってしまったりしがちです。そういうことをやめて、子どもの話を聴いてみましょうという勉強会を開催していきました。

-耳が痛いです(汗)

水谷さん:2008年に横浜市の青少年地域活動拠点である「つづきMYプラザ(都筑多文化・青少年交流プラザ)」のオープンに際して、購入書籍や活動などで相談を受ける機会があり、林田館長と「都筑区の子どもに起こっている問題」について話し合うことができました。そのとき、都筑区の親からの相談では子どもたちに「不登校」の問題があることを伝えました。ニュータウンであるこのまちは、新しくマンションができると何百世帯もの新しい住民と子どもが引っ越して来て、新しい新設の小中学校ができるいっぽうで、横のつながりのないお母さんたちには不安を抱えながら子育てをするストレスがあり、子どもには不登校問題がありました。そこで、つづきMYプラザとともに「不登校フォーラム」を開催したのです。現在も「思春期セミナー」として毎年共催しています。

-それが、現在も毎月継続して開催されている 「親の集い・傾聴勉強会~青少年のこころを聴く~」の始まりなのですね?

水谷さん:そうです。不登校だけでなく、ひきこもりなども対象です。ただ、「不登校」や「ひきこもり」対象と聞くと敷居が高く参加しづらくなる人もいるので、“思春期や青年期の子をもつ親”を対象として大きな枠でとらえています。

- この活動はどのような場なのですか?

水谷さん:思春期青年期の子どもをもつ親が安心して自分の話ができる場所です。思春期・不登校・ひきこもりをテーマにして、かつて子どもの問題を経験したスタッフが企画と運営に携わっています。親と子どもの関係がよくなり元気に過ごしていけるように、こころの声を受け止めて聴く「傾聴(Active Listening)」を学びます。参加者からは「悪かった親子関係が良く変わってきた」という言葉もあります。

-親が「傾聴」を学べば、子どもの話をよく聴けるようになって、じっくりと話を聴いてもらえた子どもは心が落ち着き、親との関係がよくなる!ということですね!

水谷さん:いえいえ、じつは、それだけではないのですよ。

ACNのHPにも掲載している言葉があるのですが―

「聴くこと」が人を変える

「聴くこと」が家庭を変える

「聴くこと」が社会を変える

このひとつめの“「聴くこと」が人を変える”とは、話を聴いてもらった人が変わるということではなく、「話を聴く本人」=親が変わるということ、つまり“お母さん自身”が変わっていくということなのです。

この講座で傾聴を学び、不登校やひきこもりにかぎらず、さまざまな課題を抱える人の話を勉強会で傾聴していくと、自分自身に気づいたり自分の問題が整理できたりし始めます。

「うちの子にこんなことをしてみたのですが、まったくダメでした・・・」

という話を聴きながら、『私、同じことやってるな・・・』と気づき、『私、何やっているのだろう・・・』と考え始めます。傾聴を勉強していちばん最初に見られる変化は、学ぶ本人の変化で、そこから子どもに対するかかわり方が変わっていきます。

-なるほど。そして、“「聴くこと」が家庭を変える”につながっていくわけですね。

水谷さん:ACNに来ている支援者は、みんな傾聴を学んだ“傾聴ワーカー”ですが、かつて自分自身が課題を抱えていた人もいて、彼らもまた、傾聴を学ぶなかで人との向き合い方や関係性が変わっていきました。 ACNでは子どもからシニアまでの年代の支援を「傾聴」を土台に行なっていますが、活動をしていて“自分たちが充実している”“逆に自分たちが人とのかかわりに支えられている”など、傾聴ワーカーをして自分の人生に深まりが出てきたと言います。傾聴とは、課題がない人に対しても、変化や刺激をもたらすものなのです。

 

編集部のひとこと

編集長

ゆめちゃん

傾聴とは、“話を聴く”相手とお話をするボランティアというイメージをもっていた人が多かったのではないでしょうか?
しかしじつは、「人の話をしっかりと聴くことが、自らの変化をもたらす」という、
話を聴く人自身に、大きな恩恵をもたらすものだったことに大きな驚きと感銘を受けました。
後編は、その傾聴についてさらに深堀りします!

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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