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輝く男性インタビュー

困ったときにSOSが出せる環境を作っていきたい!NPO法人ふれんでぃの理事・皆川智之さんのインタビューです!

NPO法人ふれんでぃで理事を務める皆川智之さん

リーマンショックや新型コロナウイルスなどさまざまな影響で意図せず職や住まいを失い生活困窮におちいった方々に対して、いち時的な生活の場を提供し自立に向けての支援をしているNPO法人ふれんでぃは、2021年7月で開設18周年を迎えました。

現在、ふれんでぃの理事として活動されている皆川さんは、いわば支援者側の立場ではありますが、支援をする側と受ける側のあいだに上下関係はいっさいなく、対等な立場で関係性を築いていくことが重要だとおっしゃいます。

そして皆川さんのお話から、表面的な部分だけで物ごとを判断してはいけないのだと再認識することができました。ぜひご覧ください。

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■自らが望んだ状況ではないということ

生活困窮問題について話す皆川さん

-「生活困窮」がなぜ起きてしまうのか、現場ではどのような問題が起こっているのか、ということをお聞きしたいと思っているのですが、まずふれんでぃがこの活動をするに至った経緯を教えてください。

皆川さん:今から約20年前になりますが、ふれんでぃの創業者である渡邉二朗が当時、近い将来低所得の高齢者が増えていくだろうと予測し、そういった方たちが住める住宅を作りたいと考えて営業活動をしていました。

そうして営業活動を続けていくなかで、川崎市内に建設した施設を高齢者向けに転用できないか?というお話が回ってきました。もともとその施設は生活に困窮し住まいを喪失したホームレス状態にある方の住まいとして利用していく予定だったのですが、近隣住民の反対運動があってその計画は頓挫してしまっていたんです。

せっかくお話をいただいたのでその施設を見に行ったのですが、大広間に2段ベッドがずらーっと並んでいて、プライバシーも何もない状態だったんです。

-高齢者の方でも住めるような設計になっていなかったんですね。

皆川さん:そうですね。高齢者に2段ベッドを利用してもらうことは現実的ではありませんので、それであれば1度頓挫したホームレス状態の方が入所できる施設を私たちがやりましょうと手を挙げたことが始まりですね。

-そうすると、まずは近隣住民の方に納得してもらうことから始められたのですか?

皆川さん:はい、何度も説明会を開きましたね。最初は大反対でしたが、最終的にはみなさんに理解していただきスタートすることができました。

-先ほど「ホームレス」という言葉が出てきましたが、ホームレスと呼ぶ定義はあるのでしょうか?

皆川さん:一般的に、狭義な意味でいうと定まった住居をもたず公園や駅、河川敷などで生活をされている人というイメージですかね。

おもに経済的困窮を理由に住まいを喪失した人たち。私たちのあいだではそういった人たちは「ハウスレス」と位置づけており、家があっても家族や友人と疎遠状態で、居場所もなく人間関係が断ち切られ孤立した状態を「ホームレス」としています。

なかには、見た目で判断する方もいるかもしれませんが、本質的に見る必要があります。

たとえば現代では、ネットカフェを転々としながら何年もくらしている人たちが増えてきているという話も聞きますが、それもある種ホームレス状態だといえます。

-住む場所というより、居場所があるかどうかということなんですね。

皆川さん:昔に比べると今は路上で見かけることが少なくなったかと思いますが、その代わりにネットカフェでくらしている方が増えているので、より見えづらくなっています。

-問題の「見えない化」が進むのはこわいですね。では、まず居場所を提供するということを始められたんですね。

皆川さん:ただ、居場所を提供するだけでは状況は何も変わりませんので、いち時的な居場所の提供とあわせて、自立していくための日常的な生活支援や就労支援を行うようにしました。

-なるほど。皆川さんはこれまでたくさんの方々を見てこられたと思いますが、どういうことからホームレスという状態になってしまうのでしょうか?

皆川さん:たとえば、リーマンショックなどで「派遣切り」が起こり、急に職を失ってしまうということがありました。こういう場合だと働きたくても働けなくなってしまったわけです。

職を失うと家賃が払えなくなりいずれ住居を失います。住居を失うと何が起こるかというと、現住所もなくなってしまうので再就職しようとしても履歴書に住所が書けないということが起こるんです。

-悪循環におちいってしまうんですね。生活保護を受けながら生活していくという方法はとれないのでしょうか?

皆川さん:生活保護とはそういったときのための制度ですので活用できるのですが、なかには生活保護を受けることで周囲からバッシングを受けるのではないかと心配したり、国民の税金を自分が使うことに負い目を感じたりする方がいらっしゃいます。

とくに男性に多いですが、ぎりぎりまで相談せず、もう本当にどうしようもできない状態になってからでないと相談されないんです。

これは日本の子育てや教育にもいち部関連していることなのかなと思うのですが、子どものころから「人に迷惑をかけちゃいけない」と言われながら育つと、いざ助けが必要なときにSOSが出にくい状態になっているんじゃないかと。

おとなが言えないんだったら、子どもも言えないじゃないですか。これは子どもの自殺者が増えている要因のひとつでもあると思っています。

だから私たちは、困ったときに「助けてほしい」と言える環境を作っていきたいんです。

 

■対等な関係であることを忘れちゃいけない

立身寮の談話スペース

-就労支援の面ではどのように拡大されていったのでしょうか?

皆川さん:生活困窮者の方々と面談をしていると、本人の働く意欲と住まいがあればなんとかなるんじゃないかと感じることがしばしばあります。

それで最初のスタートは3人でしたが、3LDKのマンションを借りてそこに3人で住んでもらって、まずはできることを何か始めようって。

それからいろいろなところに営業に行っているなかで、コンテナ倉庫を経営している会社から依頼を受けることができました。

-どのような依頼内容だったのですか?

皆川さん:街なかにあるコンテナ倉庫には死角が多く、当時不法投棄があとを絶たず大きな問題になっていました。不法投棄されたものを回収するのがとても大変で、見回りにも手が回っていない状況なので、その業務を私たちにさせてもらえないかとお願いしたのが始まりでした。

お話を聞いて初めてそういう問題をかかえていらっしゃることを知りましたし、きっとほかにも同じ悩みをもっている会社があるだろうから、これは仕事になるなと思いましたね。

それから少しずつ仕事が増えていき、3人でスタートしてからもう20年になりますが、今では70人になり、年間売上は4億円ぐらいになりました。

-年間売上4億円ですか?これはすごいですね。

皆川さん:働いている姿は本当にすばらしいですよ。その姿を見ていると、やっぱり働く意欲のある方はたくさんいるんだなと確信しましたし、支援を提供する側とそれを受ける側の関係ではなくて、対等な立場を忘れてはいけないと実感しました。

私も立身寮に住んでいる人や従業員と接しているなかで学ぶことが多いですし、どこかで上下関係が生まれるとそれが伝わってしまうんですよね。そういう状況は根本的な改善になっていないと思いますので、この気持ちは絶対に忘れてはいけないことなんです。

そしてこの事業から株式会社たつみを立ちあげて、現在はふれんでぃで立身寮を運営し、日常的な生活支援を行いながら就労先の受け皿のひとつにたつみがあるという構図になっています。

最初たつみの独自事業は警備業からスタートしましたが、従業員のなかには解体経験があったり土木作業経験があったりと多種多様でしたので、少しずつ経験を積みながら今では解体業や産業廃棄物収集運搬業、建設業なども取得しました。

-この活動を続けていくなかでさまざまな困難や問題があったかと思いますが、いっぽうで活動を続けてきたからこそ見えた希望や光などはありましたか?

皆川さん:そうですね。この活動を続けていると私の父やそれより上の年齢の方もいますし、下は15歳の子もいました。その子は新潟からひとりで出てきて3年くらいここで生活していたんですけど、ここでクロスの張り替えを覚えて、今では独立して内装店の社長としてがんばっていて、昨年結婚もしました。

-もしその方がふれんでぃに出会っていなければ、まったく違う人生を歩んでいたかもしれないですよね。いち時的な居場所の提供から自立までの流れが実現された瞬間ですね。

 

■後悔を取り戻すために

ご自身の経験からずっと心残りがあったと語る

-皆川さんは、なぜこのような活動を始められたのですか?

皆川さん:私は大阪出身なんですが、小さいころから家の前や周辺で寝ている陽気なおじさんたちの姿を見てきました。日常からそのおじさんたちとふれあっていましたので、共存している感じだったんです。

しかし、私が別の区域の友だちと遊んでいるときに、その友だちはおじさんを見て嫌がらせをしたんです。私は何でそんなことするんだという気持ちになりましたが、それを友だちに言うと自分が疎外されてしまうんじゃないかという不安もあり、結局そのときは何も言えませんでした。

成人になって、大阪を離れ上京してIT関連の会社で仕事をしていましたが、東京でくらしていても、多摩川の河川敷や公園で見かけるホームレス状態の方を見たときに、当時のことを思い出すなど、ずっと心に引っかかりはあったんだと思います。

その会社に何年か勤めたあと退職して、とりあえず生計を立てるために夜勤の仕事をしていたところ、前職でとても親しく接してくれていた専務が創業者の渡邉を紹介してくれました。急遽人手が足らなくなって、人材を探していたようなんです。

そんなご縁がきっかけでふれんでぃで働くことになったんですが、小さいころの記憶がすごくよみがえってきたんです。たぶん懺悔の気持ちもあったんだと思いますが、自分がこうしてこの仕事に就けたことは今では使命のように感じています。

-あのときできなかったことをやり直せる機会に巡り合えたんですね。

皆川さん:この仕事について、支援を受ける方から学ぶことが多いと話しましたが、何より自分たちがなりたくてなっているわけじゃないということを知れたことがいちばん大きかったですね。

だから、やっぱり人は見かけで判断してはいけないんですよ。

“明日は我が身”とつねに自分に言い聞かせています。

-皆川さんの一つひとつの言葉にすごく重みを感じます。
では最後に、今後考えていらっしゃることを教えてください。

皆川さん:今、8050や9060というキーワードがあって、たとえば80代の親に対し50代の子ども、実家くらしで親の年金でいっしょにくらしながら、引きこもり生活。社会との繋がりが途絶え長期間に及ぶ場合、社会から孤立してしまい社会復帰も容易ではないと考えられます。

中高年の引きこもりは全国に60万人以上とも言われており、生活していくなかで収入面や介護の問題など深刻な問題が今後ますます増加するのでは、と懸念しています。

そういう人たちに仕事を紹介して終わり、ではなくて、その人その人に寄り添っていっしょに歩みながら繋がり続ける伴走型支援をしていくことが今後の大きなポイントだと思っています。

そして、そういうところが全国に増えて、本当に困ったときにはSOSが出せる環境が拡大していけばいいなと思います。

-自分が受けた支援はほかのところで還元できればいいんですねもんね!きっと明るい未来が待っていると思います。本日はありがとうございました。

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

取材後、皆川さんに立身寮を案内していただいているときに、仕事を終えた方々と皆川さんがコミュニケーションをとっている光景を見て、対等な立場の関係とはこういうことなんだと理解することができました。

今でこそお互いに信頼関係ができていますが、皆川さんの接し方や態度を見ていると、これは誰しもができるものではなく皆川さんだからこそ築けた関係なんだろうと思いました。

今回の取材が少しでも多くの方に届き、お互いの理解が深まるきっかけになれば、これから先はまた違う世界が見えてくると信じています。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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