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輝く男性インタビュー

何のために日々を生きているのか。それを確かめるために北極へ向かった。北極冒険家 荻田泰永(おぎたやすなが)さんのインタビュー

 

北極冒険家の荻田泰永さん

2000年から北極冒険家としてキャリアをスタートした荻田泰永さん。そこから2019年までの20年間に16回も北極へ行き、北極圏各地をおよそ10,000kmも移動されたそうです。

エネルギーをもてあましていた学生時代の出会いから北極への挑戦が始まったという荻田さん。北極への挑戦は日々の生きる目的を見つけるためであったと言います。

また、危険な挑戦への準備はすべて自分の内面をしっかり整えること。道具や装備にとらわれすぎず、心構えをしっかりと準備し主体性を放棄しないことが大切とおっしゃいます。

冒険家という職業の醍醐味を知ることができるインタビューとなりました。
ぜひ、お楽しみください。

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■エネルギーをどう消化すればよいかを探していた

学生時代の思い出を語る荻田さん

-まず、北極冒険家としてキャリアを始めるまでのお話をお聞かせください。

荻田さん:生まれは神奈川県愛川町で地元の高校を卒業しそのまま大学に進学しました。大学時代は、目的意識がまったくない学生でした。

アウトドア活動もいっさいしていなかったし、バックパックを担いで海外旅行に行っていたようなこともありませんでしたね。そもそも海外旅行に行ったことすらありませんでしたし、今でも北極という文脈から関係のない海外旅行は行ったことがありません(笑)。

そのころは、湧き上がるエネルギーをどこに向ければいいかがわからずに常に悶々としていました。そのまま、大学を3年で退学することになります。

-北極冒険家と聞くと学生時代から海外を飛び回っていて行きついた先が北極であったというようなストーリーを思い描きますがそうではないのですね。では、どうやって北極へ行くことになるのですか?

荻田さん:実際は偶然なんですが、冒険家の大場満郎さんがテレビに出演して「来年、若い人たちを引き連れてソリを引いて北極を何百kmも歩こうと思うんです。」と言われたのを見て、大場さんに連絡をしたことがきっかけなんですよね。

-えっ、テレビで大場さんが言ったそのひと言を聞いて連絡したんですか?

荻田さん: そうですね、後日手紙を送りました。

-でも、「北極を歩く」ということ自体にイメージが沸かないですがおもしろそうだと思ったのですか?

荻田さん:おもしろそうだなと思ったのではありません。

それまでは、ずっと自分には何かができるのではないかという思いはあったんですけど、その何かがわからなかったんですね。

当時の自分はそのことをうまく言語化できずにいたのですが、番組の中の大場さんはそのエネルギーの使い方を知っているように思ったんです。

そこに打算はないし純粋で、そういう姿がうらやましかったんです。だから北極に行きたい、とかではなくて、この冒険に参加したら何かが起きるのではないかと思ったんです。

それがたまたま北極だっただけで、もしそれがサハラ砂漠だったらサハラ砂漠に行ったと思います。

-では、そうして参加した初めての北極行きはどのような工程だったのですか?

荻田さん:参加者はほぼ同世代で私を含めて9名でした。ソリを引いて歩く期間が35日間、歩いた距離がだいたい700kmです。

-実際に参加された感想はどうだったのですか?

荻田さん:帰国した直後はもう1度北極に行きたいとは思いませんでした。

初めての北極行きは旅行準備を含めると1カ月半程度になりますが、日本とは違う世界を見ていろんな体験をしたので充実していたんですよね。

帰国直後は、その充実感の余韻があったんですけど、それが冷めてくるとまた前の生活に戻るわけです。「あれ、何も変わっていないな」と気がついて、溢れ出るエネルギーをどこに向けたら良いのか考えても、北極に行く前と何も変わっていないことに気がつきました。

ひとりで悶々と考えた結果、ほかにやることもないし、行く場所もないから今度はひとりで北極に行ってみよう決めました。

それで翌年にひとりでカナダの北極の村に行きました。そこから冒険にはひとりで行くスタイルが始まりました。

 

■日々いるために北極を歩く

2度目の北極行きはどうでしたか?不安などはかったのですか?

荻田さん:2度目は結果的には何もできずに村に滞在しただけで日本に帰って来ました。

今の自分の力では何もできないだろうと出発前からわかってはいたんです。しかし、じっとしていられなかったので、現地の村に入り自分がもってきた装備のテストを行ったり、村から少し離れたところをうろうろしながら、「今の自分にはまだ力がないな」とわかったんです。

-結果的に自分の実力を知るという収穫があったと考えていいのですか?

荻田さん:そうですね。無理だと確認しに行ったんですね。

1回目は大場さんに連れて行っていただいて、すべての計画や使用する装備などがお膳立てされていたんです。

それがひとりで行くとなるとすべてひとりで考えなければいけない。自分で考えて初めて大場さんがどういう風に考えていたのかがわかるようになりました。大場さんは既製品の装備に手を加えていたのですが、1回目はなぜ手を加えるのかがよくわかっていませんでした。

それが、ひとりで行くとなると、なぜそれが行われていたのかがわかるんです。そういったことを繰り返していくうちに、自分が成長したなと手ごたえを感じるようになりました。

また、北極のレゾリュートという村には春先に向かうのですが、そこには世界中から冒険する人たちが集まります。

そういった人たちと話すことで、さまざまな話を聞くことができます。彼らが、それぞれ出発して行くと自分は見送りしかできずポツンとしてしまう。

そのときのくやしさを忘れずに、日本に戻りアルバイトをして資金をためて、翌年に3年連続で北極に行きました。今度は滞在した村から24日間かけて500km離れた隣村まで行くことができました。

-2度目の経験を経て、準備をしっかりと行ったうえで3度目はひとりで500kmを歩くことができたんですね。

荻田さん:そうなんです。ひとりで北極を歩いているあいだは「早く終わらないかなぁ」と思っているんです。しかし、予定していた工程をすべて歩き終えたテントの中で「来年はどうしようかな」とか「もっと南の方に行こうかな」とか考えているんです。

そうなると、日本に戻ってアルバイトしてお金を貯めてまた北極に行っての繰り返しになります。

-日本にいると自分が何者であるか分からないけれども、北極に行くということが目的になり、エネルギーの放出する先となったわけですね。

荻田さん:そうなんです。北極に行っている2カ月間がどうしても注目されますが、自分にとっては1年間全部が北極なんです。

「北極」に行くためにアルバイトをしてお金を準備します。ですから、時間が少しでもあくならアルバイトで時間を埋めます。日本での生活のすべてが北極に行くための大事なストーリーなんです。

日々、なぜ1日を過ごすのかという目的がとても明確なんです。

とにかく休むことがもったいないと感じて、自分が何のために生きているのかに疑いもないんです。ですから北極を歩くために行っているんですけど、歩くことも手段でしかなくて、日々いるために北極を歩いているんです。

 

■常に主体性をもち判断する

国際的に活躍する冒険家に贈られる植村直己賞の盾 

-北極を単独で歩くということは、想像以上に危険がともなうことだと思うのですが大切にされていることはなんですか?

荻田さん:そうですね。想定すると、想定外のことが起きるんですね。ということは想定しないと想定外のことも起こらないということになりますね(笑)。だから、何か起きても対処できるような準備、心構えをしています。

準備というと、多くの方は装備品や道具などの自分の外側にあることをイメージすると思います。

しかし、準備には自分の外側にあるものと内側にあるものの両側面の準備があるんです。

結果として自分の外側にあるものは、それを使うのは自分自身なので有事には自分に対して何もしてくれません。ですので、装備品や道具などの準備は大事ですが、その準備が完璧だからといってリスクを回避できるわけではないんです。

道具をどう使うかが大切です。とにかく、自分の外的な要因を主体的に考えて準備をしているかぎり事故は起きるんです。そこに想定外が生まれるわけです。

-想定はするけど、想定外が起きないように準備するというのはとてもむずかしいですね。

荻田さん:そうですね。心構えとしてはそういうことになります。たとえば、当然危険をともなうわけですので、過去の冒険家がどのようなことをやったのか、どこで事故を起こしたのかなどをしっかりと勉強しますね。

あとは、判断において主体性を放棄しないということです。賞をとるためやスポンサーを満足させるために北極に行くとします。そうすると危険が迫ったときにこれで戻ったらかっこわるいとか迷惑がかかるかもなどということを軸に判断してしまうことになります。

この判断は、いっけん自分が判断しているように見えますが。外側の要因を意識して判断しているので自分で判断していないことと同意だと思います。

自然との関係において、社会の理屈を判断の主体にすることはいけません。

-なるほど。しかし、スポンサーを募るということはとても大切なことだと思いますが、その点はどうお考えなのですか?

荻田さん:どういう人と付き合い、どういう資金を集めるかを考えることから始める必要があります。

たとえば「君に1,000万円をあげるから、君の冒険でうちの会社の宣伝をしてほしい」と言われても困るわけです。

そのために冒険には行かないということを理解してくれる人とどれだけ付き合えるか、というところから冒険は始まるんですね。そうでないと現場での判断が揺らぐわけです。自分の主体が揺らぐわけでそれが結果として事故につながるんです。

お金を出されたことに対して負い目を感じて、現場での行動に制限をかけたりしませんよとわかっている人からしかお金は受け取りません。お金を出す側は「この人にお金を出して大丈夫かな?」と見ますけど、私も「この人にお金を出させて大丈夫かな?」と見るんです。そういう意味では対等ですね。

-そういった準備をしっかりしたとしても極限状態にある北極で「主体性の放棄」をせずに判断するということは、常に自分の声を聞くというような作業を繰り返すのですか?

荻田さん:そういうことになるのですが、とはいえすごくむずかしいですね。客観的な事実と感情はぶつかりあいますからむずかしいです。ひとりで冒険をしていくと客観性をだんだん見失っていき、さまざまな葛藤が起こります。

しかし、そのような感情をもったとしても最終的には自分の声の内側に従う、ということです。

-では、最後の質問ですがたくさんの偉大な足跡を残されていますが、次の目標としてお考えになられていることはありますか?

荻田さん:具体的には考えていません。ここからどのような人生を重ねていくかわかりませんが、逆に言えばそのときになればわかるだろうと思っています。

-とても荻田さんらしい回答でした(笑)。今日はありがとうございました。

 

編集部のひとこと

ライター

せいくん

主体性の放棄をせずに判断するというフレーズが取材後にずっと心に残っていました。多くの判断が外的な要因に左右されて判断されているというお話は自分にもたくさん思い当たることがあります。

自分の思いに正直に生きていくことは本当にむずかしいことです。しかし、北極のような極限の状態ではそれが何よりも大切であるということ、究極の選択においては自分が決めることが大切なんだという荻田さんのお話は日常生活でも活用できる考えなのではないかと思いました。

人の目なんかを気にするな、自分の思うようにエネルギーを放出してみろ、とインタビューをとおして強く言われているような気がしたインタビューでした。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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