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輝く男性インタビュー

何度でもやり直せる!相州だるまを作り150年!荒井だるま屋 荒井星冠さんのインタビュー

荒井だるま屋の荒井星冠さん

東日本を中心に古くから残るだるまづくりを今に伝える荒井だるま屋の4代目荒井星冠さんに、相州だるまづくりの起源からだるまの作り方までさまざまなお話をお聞きしてきました。

コロナ禍で再度注目を集めているだるまは、昔から人々に「何度でもやり直せる」と勇気を与える存在として多く作られてきたとのこと。

新しい発見の多いインタビューとなりました。
ぜひ、お楽しみください。

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■平塚市で150年の歴史をもつ荒井だるま屋

荒井だるま屋の歴史を話す荒井さん

-まず、御社が創業されたのはいつですか?

荒井さん:元号が慶応であったころに創業しているので、約150年の歴史があります。私が4代目で、息子が5代目となる予定です。

-なぜ、平塚でだるまづくりが始まったのでしょうか?

荒井さん:だるまづくりのルーツは、群馬県の高崎市あたりなのですが、さまざまな文化が相模川をつたって平塚に伝えられたなかにだるまづくりがあったようですね。

そのために、平塚のあたりは、そのころからだるまづくりが盛んであったようです。平塚は養蚕も盛んだったのですが、それも群馬から伝わってきたと考えられています。

しかし、詳しくはよくわかっていないのです。平塚は、太平洋戦争で大規模な空襲に見舞われたので、資料はすべて焼けてしまいました。

わが家の教えとして、何があってもだるまづくりの命である木型だけは守らなければいけないという教えを守り、木型は何千個と残っているんですが、そのほかのものまで手がまわらなかったのでしょう。

-歴史的にみて、だるまが作られた理由はどういったことなのですか?

荒井さん:疫病除けとして作られたことが始まりなんです。そこから、時代とともに商売繁盛とか学業成就など、さまざまな祈願に使われるようになっていきました。

おそらく、福島県のあかべことかも同じようななりたちで作られているものだと思いますよ。

-あれっ、だるまは日本全国にあるものではないのですか?

荒井さん:だるまは日本全国で作られていますが、東日本で作られることが多いです。関東ではとくに群馬県が盛んです。

神奈川県の方であれば身近なものに感じるかもしれませんが、じつは日本全国で売られているだるまの7割は群馬県産で、群馬県には約60軒のだるま店があります。

神奈川県でだるまを作っているのは、うちを含めて平塚にある2軒だけです。私が小さいころは、このあたりに5軒ありましたが、急速に数が減っていますね。

-そうなんですね。そうすると、だるまは群馬県を中心としたいち部地域の特産品という考え方もできますね。

荒井さん:そうですね。スタートはそうだったはずです。それがいち部の地域でも作られている例があるということです。

 

■「何度だってやり直せる」という思いをあらわしただるま

荒井だるま屋の外観

-だるまは何をモチーフにしているのですか?

荒井さん:諸説はありますのが、仏教のだるま大師という方をかたどったものだと言われています。

寒いなかで座禅をする際に、羽織っていたものを頭からかぶり座っている様子らしいです。

手足がないという人もいますが、この話をベースに考えると手も足もあり、座禅を組んでいる姿であると思います。

そう言われてみると羽織をかぶって顔だけを出して座っているように見えてきました!

-だるまといえば「七転び八起き」で、何度転がっても起き上がるということが特徴かと思いますがこれはどういったルーツがあるのですか?

荒井さん:群馬がルーツなので、繭づくりと関係があるようですね。養蚕もそうですが、人生、常に順風満帆というわけにはいかないですから、何度失敗してもやさしく寄り添い、励まし背中をそっと押してくれるような存在なんだと思います。

昔の人は、今とは違って疫病が流行すればすべてがだめになるということだったのだろうと思いますので、またやり直し、物ごとが好転することを祈願する、その象徴がだるまなのでしょう。

 

■そっと寄り添うだるまを作る

荒井だるま屋のだるまはすべて手づくり

-今までお話をお聞きして、だるまづくりは伝統的な文化であり、技術であると思いました。しかし、ほかの多くの伝統的な文化や技術は新しい時代の流れのなかで市場規模が縮小しているというお話も良く耳にします。そのような問題に対してどうアプローチしようとお考えですか?

荒井さん:私どもにはさまざまな家訓があります。そのなかに「不易流行」という言葉があります。

これは、時代に合わせて変わる部分と守る部分があるということなんです。

150年の伝統を大事に守るだけではだめで、新しいものを取り入れその時代の人に受け入れられるものを作りなさいということです。そして、それがあとから見ると歴史になるという家訓があります。

そしてもうひとつは「感謝のだるまを作りなさい」というものです。先に利益を考えるのではなく、お客さまに喜んでもらうこと、それが私たちの喜びであるということを家訓として、毎日心を込めてだるまづくりをしています。

この言葉は、荒井だるま屋150年の歴史のなかでずっと残ってきた家訓ですから、そのあいだに時代の大きな転換点がたくさんあったと思います。それを乗り越えてきたわけですから、しっかりとこの家訓をもとに物ごとを判断していきたいですね。

-では、荒井さんがだるま作りで大切にしていることは何ですか?

荒井さん:だるまは、置いておくだけでなぜか心が落ち着き、安心できるものであると思っているんです。今は、コロナ禍で人の行き来が制限され、孤独を感じている方が多くいらっしゃると思いますので、その方に寄り添えるような存在となるように、だるまの一つひとつをしっかりと愛情込めて書いています。

-御社のだるまはすべて手づくりなんですか?

荒井さん:そうです。私はだるまを描くこと自体が好きなんです。だから、大量生産で効率的にだるまを作ろうとはいっさい考えません。

手書きでありますから、一つひとつの表情が微妙に変わってきます。その表情の違いが温かみを出し、お買い上げいただいた方の心に寄り添うことができると信じています。

-このあたりで作られただるまを「相州だるま」と呼ぶそうですが、ほかの地域のだるまとの違いはあるのですか?

荒井さん:いくつかあります。高崎のだるまとの比較でいうと、高崎のだるまは口が「真一文字」なんですが、相州だるまは口が富士山をモチーフにした形になっていますね。

あとは、高崎は目のまわりの金縁を金で描きますが、相州だるまはラメでキラキラしているもので描くという違いもあります。

息子さんとのツーショット。

-神奈川県の特産品である相州だるまをもっとたくさんの方に知ってもらえるといいですね。

荒井さん:神奈川県の名産100選に選ばれているのですが、まだまだ知らない方もいらっしゃると思うので、神奈川県の平塚に残る相州だるまを多くの方に知っていただき、日本の伝統文化であるだるまを飾って幸せになっていただきたいですね。

-今日はありがとうございました。

 

編集部のひとこと

ライター

せいくん

歴史のある家に生まれた荒井さんにとって、だるま作りを仕事にすることにためらいは無かったのかとお聞きした際に、単純に好きなんだとおっしゃった言葉が印象的でした。「ずっと座りながらだるまを書くなんて好きじゃなきゃできないよね。」と笑いながらおっしゃった言葉には迷いがなく、ここまでまっすぐに好きだといえる仕事に就けている荒井さんをうらやまく思いました。

そんな荒井さんが作るだるまは表情がとっても豊かです。不易流行の言葉どおり、従来のだるまとは違ったものもありますので、ぜひ荒井だるま屋にだるまを見に行ってください。新しい発見がありますよ!

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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