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生産者インタビュー

身近なのに知らないことがいっぱい―お茶ってこんなにおもしろい!株式会社神奈川県農協茶業センター 代表取締役専務 福野 学さんインタビュー【前編】

「♪夏も近づく八十八夜♪」と日本の唱歌「茶摘み」の一節に歌われるように、立春から数えて88日目にあたるころが1年でいちばんおいしいお茶が採れる時期と言われているそうです。

2021年の八十八夜は5月1日ということで、株式会社神奈川県農協茶業センター 代表取締役専務 福野 学さんに、神奈川県足柄上郡山北町にある足柄茶農園や茶工場をご案内いただき、わたしたち日本の生活に欠かせないお茶について教えていただきました。

みなさんはふだん、どのようにお茶を選んでいますか?味?産地?価格?それとも銘柄でしょうか?この記事でお茶を選ぶ新しい視点をプラスして、今年は少しこだわって日本茶を選んでみませんか?

※後編はこちら
神奈川県農協茶業センター代表取締役専務 福野 学さんインタビュー【後編】

■まばゆいばかりの若葉色―日本のふるさとの風景がここに

-八十八夜のこの時期は、新茶の季節。お茶の生産者にとってはたいへんお忙しい時期だと思いますが、本日はご案内ありがとうございます。それにしても美しい!遠くから見ても、近くで見ても茶畑の若葉が本当にきれい。弾力のある緑のじゅうたんのようです。

福野さん:茶葉が刈られた茶畑は、緑がより鮮やかになってまぶしいくらいですよね。茶畑を見て育った人でなくても、この風景を見て「日本のふるさと」を感じるそうですから不思議ですね。

-確かに「日本のふるさと」と感じますね!

福野さん:この地域ではちょうど昨日(5月1日)から新茶の摘採が始まり、どこの茶園も大忙しだと思いますが、ぜひその様子も伝えてくださればと思います。本日はこちらの細谷茶園さんへご案内しましょう。ちょうどあのあたりで摘採をしていますよ。

-わあ!本当だ!近くで見てもいいですか?

福野さん:ぜひどうぞ。

福野さん:「茶摘み」といいますが、現在日本のほとんどのお茶園では、このように機械でお茶を摘採します。摘採するのは、新芽の部分の一芯双葉のみがよいとされているのですが、この部分だけを機械で摘採するのも高い技術が必要なのですよ。

-機械が通ったあとのお茶の木を見ればわかります。新しい芽だけが上手に刈り取られていて、まるで庭師に手入れされたような情景が作り出されています。

福野さん:また摘採のタイミングを計るのも、茶園の長年の経験が生きています。新芽の色や状態・気候や天気などをみて、その年の一番茶の最適な摘採時期を茶園各々で見極めています。

-それでは、茶摘みの時期は茶園によってみんな異なるということですか?

福野さん:そうですね。茶摘みの歌では「八十八夜」といいますが、日本全国の茶園が八十八夜に合わせて一番茶を摘採するというわけではありません。その年の気候によっても茶の育成状態は変わってきますし、九州、関西、関東では摘採時期はずいぶん異なります。同じ地域であっても、茶畑の日の当たり方などによって時期がずれることもあるのですよ。

 

■「お茶は生もの」―鮮度を保つ努力がおいしいお茶の生命線

福野さん:お茶は収穫したその瞬間から時間との勝負なのですよ。鮮度をいかに保つかでお茶の品質が異なります。ぜひ、生産者の細谷茶園 細谷晋之(くにゆき)さんにもお話を聞いてみてください。

-細谷さん、お忙しいなかですが、ぜひお話をうかがわせてください。福野さんが「お茶は収穫した瞬間から時間との勝負」とおっしゃられていましたが、これはどういうことでしょうか?

細谷さん:わたしたちが生産する緑茶は、紅茶などとは異なり茶葉を発酵させないで作るお茶なのですが、お茶の葉は摘採した瞬間から発酵が進んでしまうため、できるだけ早く荒茶工場に運び、茶葉を蒸して発酵を止めなくてはならないのです。
荒茶の加工作業でモタモタしていると、「早くしないと紅茶になっちゃうよ!!」と祖母がよく言っていました(笑)。

細谷さん:まさに茶葉は「生もの」。荒茶加工に早く取り掛かれるように、茶園の近くに荒茶工場を構える茶農家はたくさんあります。また、工場へ運搬する間も、摘採した茶葉の鮮度を保持するために個々の茶園でさまざまな工夫をしています。うちの場合は、運搬用のトラックの荷台の下でファンを回し、温度を一定に保って鮮度を保つ工夫をしています。

-工場へ運搬する短い時間の温度管理で品質が左右されるなんて、お茶はとてもデリケートなものなのですね。

細谷さん:はい。まずは摘採した茶葉を蒸すまでが勝負ですから、ここはとても気を使います。でもじつは、昨日雷による停電で機械が止まって、加工が一時ストップしてしまったのです。5分ほどで復旧したのでホッとしましたが、20分も停電が続けば大きなダメージでした。

-それはヒヤヒヤしましたね!お茶は収穫したあとも、まだまだ気が抜けないというわけですね。

細谷さん:そのとおりです。わたしどもは独自の荒茶工場をもっていますので、うちで摘採した茶葉はそこで荒茶に仕上げます。しかし、この地域には複数の茶園で運営する荒茶の共同工場もあり、生産者は収穫後の加工工程を任せて、茶葉の育成と収穫に専念できるしくみもあるのですよ。

-加工工程が分離できたら、ずいぶんと楽になりますよね。ところで、さきほどから「荒茶」とか「荒茶工場」というワードが出ているのですが、「荒茶」とは何でしょうか?

福野さん:「荒茶」とは、お店で販売する製品になる前の段階まで加工されたお茶のことで、製品としてはまだ完成していない半製品状態のお茶のことを言います。摘採したお茶の新芽を、この荒茶の状態にまで加工する工場を「荒茶工場」といいます。さきほど細谷さんがおっしゃったとおり、この地域には共同運営する「グリーンティーあしがら荒茶工場」があります。次はこちらへ行って、お茶の新芽が荒茶に加工されるところを見ていただきましょう。

 

■ようこそ!グリーンティーあしがら荒茶工場へ!

福野さん:ここがグリーンティーあしがら荒茶工場です。

-大きな施設ですね。それに、とても賑やかです。さきほどからお茶を摘んだ軽トラックがどんどん入って来て並んでいますね。

福野さん:白い小屋の前の緑色の四角い枠の中で軽トラックが止まっているでしょう?じつはあの場所で、荷物ごと車体の重さを測っているのですよ。お茶を搬入したあと、空になった荷台でまた車体の重さを測ると、搬入したお茶の重さを割り出せるというわけです。

-なるほど!軽トラックの列は、測定待ちの行列なのですね。

福野さん:はい。荷物と車体の重さを測った軽トラックは、工場の入口に車を止めて茶葉を下ろします。ここでいっきに茶葉を搬入します。

-おおおお。どんどんお茶の葉が飲み込まれていきますね!

福野さん:ここから先の荒茶の加工過程は、工場長の高橋常一さんに案内していただきましょう。

 

■荒茶工場=(技+科学)の化合体

高橋さん:搬入されたお茶は、最初の工程で細かく裁断されるのですが、そのときA3サイズくらいのカゴにサンプル茶葉が採られます。じつは、このサンプル茶葉の評価で、搬入した茶葉の価格が決まるのですよ。

-え?どういうことですか?

高橋さん:採取されたサンプルは専用の成分分析計にかけられ、茶葉に含まれるアミノ酸含有量が計測されます。茶葉にとってアミノ酸はうまみや甘みの成分で、この量が多い茶葉は高値で取引されるのです。

-昨今の健康飲料を見ていると、お茶の栄養成分といえば“カフェイン”や“カテキン”など、どちらかというと渋みや苦みを連想していましたが、うまみ甘みのもとであるアミノ酸が価格の指標になるとは知りませんでした。

高橋さん:茶葉のアミノ酸の半分以上はテアニンといって、テアニンはお茶特有のアミノ酸。このアミノ酸が1年の中でも一番多いのが、今の時期に採れる一番茶なのですよ。これも覚えておいてね(笑)

-勉強になります!!

高橋さん:荒茶加工の工程は「1.蒸す」>「2.揉む」>「3.乾燥」で、とくに、「2.揉む」工程には、『①粗揉(そじゅう)』>『②揉捻(じゅうねん)』>『③中揉(ちゅうじゅう)』>『④精揉(せいじゅう)』という工程があります。

基本的には、工程が進むにつれて、茶葉の水分を減らしていきます。この工場では工程を自動化していますが、茶葉が最適な状態の荒茶になるように、茶葉の様子を見ながら工程の時間を調整しています。

-お茶の生産は、機械に任せきりにはできない、お茶が完成するまでには、まだまだ生産者の手間暇がかかるということですね。

高橋さん:そのとおりですね。では、工程を見ていきましょう。まずここで茶葉が蒸されます。

-茶園のみなさんがとにかく急いでいた“発酵”を止めるための蒸す作業がこれにあたるのですね?

高橋さん:はい。ここで30秒から40秒ほど短い時間蒸したお茶を煎茶と呼び、60秒から80秒とより長く蒸したお茶を深蒸し煎茶と呼びます。

-お店などで並んでいる“深蒸し茶”の製品名は、この工程の長さの違いが由来するのですね!!でも、「蒸したらひと段落だ!」と思っていたのに、 10秒から20秒というわずかな蒸し時間の差で、お茶の味が変化してしまうとは気が抜けませんね。

高橋さん:はい。蒸す時間によってお茶の味、香り、水色(すいしょく)・形状が変わるので、とても神経を使う工程です。深く蒸すと渋みが抑えられてまろやかな味になるといわれますが、一方でお茶の香りが弱くなってしまいます。足柄茶は香りがとてもよい茶葉の性質を生かすために、深蒸し茶より短い最適な時間で蒸して、香りや味が最大に引き立つように調整しているのですよ。

-茶園の方が丹誠込めて育てた茶葉を引き継いで、その良さを最大限に生かす努力をする荒茶工場!職人の聖域みたいです!

高橋さん:次に「2.揉む」工程に移りますが、それぞれの工程で指定した量まで水分量を減らしていきます。ここでも茶葉の状態を見ながら、工程の時間を調整しています。

-ああ!この工程はなんだか見たことがあります。お茶職人がお茶を揉んでいる作業を再現しているみたいですね。

高橋さん:これは『②揉捻(じゅうねん)』の工程です。前工程の『①粗揉(そじゅう)』で、蒸しあがった時についた水分を飛ばすなどの作業を行いましたが、ここでは、次工程『③中揉(ちゅうじゅう)』でのさらなる乾燥工程がスムーズに進むように、葉や茎が混ざっている茶の形状を整え、水分量を均一にする目的があります。

-お茶職人が手作業でお茶を揉むのも、なんとなく揉みこんでいるというのではなく、形状をそろえるという意味があったのですね。おいしいお茶を作るために、職人はこのような技を生み出してきたのですね。すごいなぁ。

高橋さん:最終工程『④精揉(せいじゅう)』で最後の乾燥を行います。おもりをかけて、お茶を回転させながら、じっくりお茶の芯にある水分を取り除いていきます。

-お茶がころがる音とさわやかな香りで、なんて心地いいのでしょう!

高橋さん:搬入されてからこの『④精揉(せいじゅう)』工程が終わるまで、およそ50分。5分の1程度の重さになって、やっと荒茶ができ上がります。しかしお伝えしたように、この荒茶はまだ半製品状態で飲めるお茶ではないのです。このあとの仕上げ工程を経ることによって、お茶は市場に出る製品となるのです。

-最初の形状とまったく変わりましたね。お茶全体につやがあります。もう、製品といわれても遜色ないように見えますが、お茶にはまだ「仕上げ工程」があるとは、立派なお茶になるまでの道のりは長いです!!

高橋さん:はい。ぜひ、仕上げ工場にも行って、足柄茶が立派にでき上がるところまで見ていってくださいね。

-はい!

 

編集部のひとこと

編集長

かなちゃん

ふだん飲んでいる身近なはずのお茶の生産過程は驚きの連続でした。
また、はじめて訪れた荒茶工場は、武骨な機械が人間の動きの真似をしてお茶を作る風景や、煙を吹く巨大で無機質な機械たちを、お茶愛にあふれた職人らしき初老の男性があれよあれよと操作する姿が、絵本やアニメーションのワンシーンに見えてきて、「お茶づくりって映画みたい!」と感じてしまいました。

【後編】では、お茶生産の仕上げ工場の様子をレポートします。身近なはずなのに知らないことがいっぱい!のお茶についてお届けしますので、楽しみにしてくださいね。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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