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輝く男性インタビュー

しょうゆを造ることが楽しいんだ!「横浜醤油」の3代目社長 筒井恭男(つついやすお)さんにお話をお聞きしてきました!

株式会社横浜醤油3代目の筒井恭男さん

ご自身で造ったしょうゆと筒井恭男さん

「浜で生まれて浜育ち、文明開化の味がする」昭和12年に横浜で創業し、太平洋戦争中ものれんを守り続けて、今に至る「横浜醤油」3代目社長の筒井恭男さんにしょうゆ造りとはどのようなものなのかをお聞きしてきました。

自分のこだわりがつまったしょうゆを造ることが楽しいと語る筒井さんのお話は、年々消費量が減っているというしょうゆの未来を憂いながらも、まだまだご自身でしょうゆの可能性を広げようと奮闘されているお話でした。

筒井さんの熱いインタビューをお楽しみください。

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■本当は辞めようと思っていたが、自分はこの道にしか進めなかった?

しょうゆ造りしかないと家業を継ぐことを決意した筒井さん

-横浜醤油創業の経緯を教えてください。

筒井さん:初代は私の父親です。彼は、九州の生まれで大学進学とともにこちらに出てきたそうです。そのあとに結婚し、独学で勉強して昭和12年に「横浜醤油」を創業しました。

もともとは銀行員だったそうですから、相当の努力をしてしょうゆの醸造家になったのだと思います。今考えてもすごい人だなと思いますね。

-では、筒井さんはお父さまから引き継がれて2代目ということですか?

筒井さん:いえ、私の前に兄が社長をやっているので私は3代目ですね。じつは、2000年に1度廃業しようかという話になったことがあって、そのときに私が継ぎました。

-2000年に何があったのですか?

筒井さん:創業の地はここではなく、今の東急東横線白楽駅の近くで、今では横浜市白幡地区センターが建っている所だったんです。この施設を作るために、土地を明け渡し廃業しようかという話になったんですよ。

そのときに、私は「横浜醤油」をここで途切れさせてしまってはいっしょう後悔してしまうんじゃないかと自分に問いかけたんですね。

実際に、しょうゆの消費量は年々減っていましたし、人口減少も今後大きくなることが予想されていましたから経営環境はより厳しくなることはわかっていました。

でも、私が継いで横浜醤油を存続させる道を選びました。周りからは、そんな簡単なことではないと言われましたが、自分が思うしょうゆ造りをやってみることにしたわけですね。

3代目を継がれて何か変えたことはあるんですか?

筒井さん:今までは業務用のしょうゆ製造が中心だったのですが、家庭用のしょうゆ造りを中心に新たな商品づくりに挑戦することです。

このことは、多くの人に反対されました。「しょうゆは水よりも安い」と言われる時代なわけですから当然の意見だと思います。

しかし、私は本当においしくて良いしょうゆを造れば必ず誰かが気づいてくれると信じていました。自分が信じられるしょうゆを自分のポリシーに沿って造りたいと思ったんです。

-筒井さんの思う良いしょうゆとはどのようなものですか?

筒井さん:色、つや、香り、味にはこだわりたいです。そして、まず味です。決して塩味が強いだけのしょうゆにはしたくありません。まろやかでさわやかなしょうゆを造ります。「横浜醤油」だから横浜の人のようにハイカラなしょうゆがいいですよね(笑)。

父は、九州生まれでしたが私は横浜生まれ横浜育ちなので、横浜らしさのようなものは表現してきたいですね。

 

■お客さまはゆっくり造った「横浜醤油」を買いに来てくれる

-販売はどのように行っているのですか?

筒井さん:本社での店頭販売とネット、宅配ですね。コロナ禍の影響でいろいろと変わったこともありますが、このスタイルで販売しています。

-先ほどもいらっしゃいましたが、実際にお客さまがたくさん買いにいらっしゃいますね。(取材中も数名のお客さまが来店された)

筒井さん:そうなんですよ。今では、わざわざ遠くから買いに来ていただけるんですよ。遠いところでは千葉県からもいらっしゃいます。千葉はしょうゆの本場ですよね。それでも、「横浜醤油」がいいと買いに来てくれる人がいるんですから、本当にうれしいですし、やる気になりますよね。

株式会社横浜醤油の外観

「横浜醤油」の外観 

-筒井さんのしょうゆを多くの人が知ってくれているんですね。実際に、しょうゆを造るうえでこだわっていることを教えてください。

筒井さん:しょうゆは、ゆっくり造るものです。先ほども言いましたが、しょうゆの価格は本当に安いです。さらに消費量も減っています。ビジネスの視点だけで考えると非常に効率が悪いんですよね。

ですから、今のしょうゆ造りは効率が重視されます。昔は1年かけてゆっくりと造ったのですが今では、3カ月くらいで造ってしまいます。でも、私は昔のように、自然に任せて1年かけてもろみを作ります。
※もろみ=しょうゆを絞る前の状態

ほかと同じことをやったのでは、「横浜醤油」を選んでいただくお客さまには分かってしまうはずです。それでは、だめなんですよね。

傍から見れば、時代にそぐわない非効率なやり方かもしれません。でも、汗水たらして働いて、ゆっくりじっくり時間をかけて造ったしょうゆをお届けしたいですね。

あとは、塩選びと味付けが大切です。市販の塩の多くは水に解けにくい塩が多いと思いますが、私はしっかりと解けるものを選びます。なめてみればいちもく瞭然です。なめた瞬間に溶けてなくなるような天然塩であるべきです。

そして、味付けですが塩加減は体調によって感じ方が大きく変わりますので、少しでも体調が悪いなと思う日はぜったいに味付けの作業はしません。体調が悪い日は寝ていた方がいいくらいですね(笑)。

 

■しょうゆ造りは私の人生。この生活が好きだ。

-しょうゆの消費自体が減っているというお話でしたが、製造元自体は減っているんですか?

筒井さん:製造元は減っていると思います。神奈川県では、製造元はうちだけですから。でも、ライフスタイルの変化とともにしょうゆの消費量が減っているのでしかたないという見方もあると思いますが、製造元が新しい挑戦をしないこともいっぽうでは問題として考えられる部分があると思います。

-新しい挑戦をしないというのは具体的にどういうことですか?

筒井さん:新しいしょうゆって言われてもイメージがつかないですよね?それが問題です。もっともっとやれることがあるはずです。しょうゆでなくてもいいです。しょうゆを使った新しいヒット商品を作るということでもいいはずです。

-なるほど。確かにそうかもしれないですね。

筒井さん:私のところには、「こんなしょうゆを造れないか?」と相談に来ていただけることがあります。造ることが不可能なご相談ではないかぎり挑戦しています。うちの商品の中にもそういうふうにしてできた商品がいくつかあります。

実際に、工場見学に来た小学生に「僕の言うようなしょうゆを造ってほしい」と言われて造ったしょうゆを売っていますよ。

できるかぎり横浜醤油を造り続けたいと語る筒井恭男さん

-でも、新しいことへの挑戦も簡単ではありませんよね?筒井さんのこの情熱の源泉は何でしょうか?

筒井さん:いつまで続けるつもりだと子どもにも言われますよ(笑)。でも、しょうゆ造りの家に生まれて小さいころからしょうゆ造りの中で生活をしてきました。単純にこのにおいの中で生活をして、汗水たらしてしょうゆを造ることが好きなんです。

大変だけど、1年かけたしょうゆができ上がったときは本当にうれしいです。その瞬間もそれまでの過程もすべてが楽しいですね。

-取材中ずっと充実したお顔をされているなと思っていました。本当にしょうゆを造ることがお好きなんですね。

筒井さん:そうなんですね、まだまだ、「横浜醤油」を造り続けていきたいと思います。

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

終始笑顔で、歯切れが良く軽快にお話をされる筒井さんは本当に魅力的な方でした。2020年に始まったコロナ禍の影響は、「横浜醤油」にも大きなマイナスをもたらしたそうですが、どうにかすると豪快に笑いました。

効率化や、生産性が求められる風潮が広がりを見せるなかでそこに背を向けて自分の信じる道を進む筒井さんがかっこよくて、その生き方が少しうらやましく思いました。

もし、「横浜醤油」を食べてみたいなと思った方は店頭でお買い物をすると、豪快な筒井さんがしょうゆについていろいろ教えてくれますよ!あと、いち押しは「醤油アイス」です!

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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