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輝く女性インタビュー

「文庫のおばさん」から絵本の世界へ。絵本作家 長野ヒデ子さんインタビュー

鎌倉市に住む絵本作家・長野ヒデ子さん。

デビュー作「とうさんかあさん」(石風社)で絵本日本賞文部大臣賞受賞、「おかあさんがおかあさんになった日」(童心社)はサンケイ児童出版文化賞受賞・英訳出版されるなど、すばらしい代表作を創作されてきました。

長野さんの意欲的な創作活動はデビューから40年以上経った現在も続き、2020年10月にはシリーズ25周年を迎えた「せとうちたいこさん」シリーズから最新刊「せとうちたいこさんふじさんのぼりタイ」(童心社)を発行されました。

たいせつじかんの読者のみなさんのなかにも、子育て中の時期にかぎらず、ご自身の子ども時代に長野さんの絵本を読まれた方がいらっしゃるのではないでしょうか?

今回は、絵本の魅力を新発見!再発見!することができた絵本作家・長野ヒデ子さんのインタビューをお届けします!

 

■何気ない日常にあふれる「絵本になるべき瞬間」

-本日はよろしくお願いします。今日は、長野さんの作品もご紹介していただきながら、“絵本作家とはどんな仕事なのか”など、絵本を読むだけでは知ることができない舞台裏のお話もうかがえたらと思っています。

長野さん:ドキドキします(笑)。こちらこそよろしくお願いします。

―さて、まずは本当にたくさんの絵本を創作されていますが、そのなかに、海外でも高い評価を得られているものがあるそうですね。長野さんの絵本も、日本の子どもたちによく読まれている「はらぺこあおむし」(エリック・カール著:もり ひさし訳 偕成社)のように、海外の子どもたちに楽しんでもらっているのですね。

長野さん:「おかあさんがおかあさんになった日」はいろいろな国で訳されています。「すっすっはっはっ こ・きゅ・う」(長野麻子 作・長野ヒデ子 絵 童心社)は、中国でおもしろい本の1冊に選ばれました。

“呼吸”に焦点をあてた絵本で、音楽学を研究している娘との共著です。ふだん意識などせずにしている呼吸ですが、呼吸はいのちの原点だから、それを見直してみたの。

今の子どもは呼吸が浅いことが気になり、「呼吸ってとても意味があってとても大切なこと」ということが、小さな子どもにも伝わったらいいなという絵本です。

-呼吸をテーマにしたのは、発声などにもかかわる音楽学を研究する娘さんならではの視点ともいえますが、長野さんのほかの作品も、呼吸のように生活の中の“気に留まらないもの”がテーマに取り上げられていることが多いですよね。

長野さん:そうですね。あんまり気張ったり無理やりにお話しを作るのではなくて、身の回りの物の見方をちょっと変えてみたら、感じ方が変わり新しい発見があったりするのでそのなかで、心の琴線に触れたことを絵本にしたいなあと思います。

たとえば、“赤ちゃんの口の形”―これは世界中みな同じですよね。命の糧をもらわなければならない赤ちゃんは、「ママ」「まんま」とか、自分が生きていくためのお乳を与えてくれる母親を、また命の糧を求める言葉を発する口の形になっているのです。「まんまん ぱっ!」(長野麻子 作・長野ヒデ子 絵 童心社)は、赤ちゃんの発音しやすい音と楽しい絵で創作しています。赤ちゃんがうれしい絵本で、ブックスタートにも選ばれ、「赤ちゃんに代わってお礼したい本だ」と東大名誉教授で教育学者の汐見稔幸先生に言われましたよ。

 

■憧れの「文庫のおばさん」から絵本作家へ

-長野さんはどんなお子さんだったのですか?

長野さん:なんか・・・落第生でした(笑)。遊ぶことが大好きで遊んでばかりの子でした。

-落第生(笑)!?どんな遊びをしていらっしゃったのですか?絵を描いていたのでしょうか?

長野さん:絵を描くねえ~。瀬戸内の海のそばの小さな村の出身で、浜辺は庭みたいなものでした。漁村でもないし、海水浴場でもないし、それは美しい白い砂浜と松林があって、貝殻を拾ったり1日砂浜に棒切れで絵を描いたり、松の木に登ったりして遊んでいましたよ。

-砂浜で一日中過ごす少女時代だったのですね。では、長野さんと絵本はどのように出会ったのですか?

長野さん:私の生まれた富田村は書店も図書館もない村でした。小学校と中学があるだけ。だから、小さいときに絵本にあまり出会えませんでした。

おとなになってからいろいろな絵本に出会い「いいなぁ、絵本ってすてきだなぁ」と思って、好きな絵本を集めるようになりました。“文庫のおばさん”に憧れて、転勤族だったから行く先々で“こども文庫”を開いたのですよ。

-“文庫のおばさん”? “こども文庫” ?それは何ですか?

長野さん:自分の家の本を近所の子どもに開放して、子どもと遊んだり、本を貸してあげるのが“子ども文庫”です。昔はお母さんが働いていなかったし図書館も身近にはなかったから、文庫活動がとても盛んでした。

児童文学者の石井桃子さん、岩崎京子さん、長崎源之助さんも、みずからこども文庫を開いていらっしゃったのですよ。だから私もこども文庫に憧れていました。「この本読みなさい」なんて言わない。置いておくだけ。子どもたちは自由に来て、勝手に本を読んで、遊んでいました。

うちはこどものたまり場で、私は子どもに遊んでもらっていました。

-文庫のおばさんとして、子どもと絵本に囲まれて生活されていたのですね。では、長野さんが絵本作家になったきっかけはどのようなものだったのですか?

長野さん:絵本作家デビューをするきっかけができたのは、義理の妹が入院して、弟の子どもを預かった時期でした。子どもたちといっしょに、広告の裏に絵を描いてお話作ったりして遊んでいたのを、たまたまこども文庫に来た編集者・福元満治さんが見て、「この絵本を出したい!」と言ってくださったのがきっかけでした。

これがデビュー作「とうさんかあさん」(石風社)です。この福元さんという方は、アフガニスタンで医療活動をされてきたペシャワール会の故・中村哲さんの本を出した人でもあり、本当にすばらしい編集者です。作家がいても本はできません。どんな編集者に出会うかで本が違ってきます。

最初に出会った編集者が本当にすてきな人で、わたしは福元さんに育てられました。

-突然奥さま(お母さん)が絵本作家になったことを、ご家族はどのようにとらえられていましたか?

長野さん:専業主婦で、料理したり掃除したりするのと同じ部類のことをしているように捉えていましたよ。絵本を作ることを、特別なことだと捉えられていませんでした。私も同じ。絵本を作ることを仕事だとは思っていませんでした。

仕事ではなくて…私の生きる1部というか…生き方の延長線という感じ。作品はその人が出ますし生き方が問われます。

だから、自分の琴線に触れることしか本にしないし、無理なことはしない、好きなように描く。日常の当たり前のことでも、ちょっと角度を変えると新鮮なものはいろいろあるから、いつもやってくるものは全部受け入れてきました。

-作品を描いているときの背景をうかがうと、それまでとは違う思いで絵本を読み返したくなりますね。

 

■あの絵本はこうしてできた!―絵本作家のコラボレーションの舞台裏

表参道 pinpointgallery にて

-ところで、とても気になっていることがあります。たとえば、原作と絵を別々の作家で絵本を作ることがあると思いますが、このコラボレーションは、どのように始まるのですか? 

長野さん:ご紹介したように、娘が文、私が絵という絵本もありますし、私が文で絵をほかの作家が担当する場合もあります。

スズキコージさんが絵で「やぎや」「もりもりくまさん」「トコトコさんぽ」(いずれも鈴木出版)などを出しています。コージさんと親しくて、彼の絵だと面白いかなと思ったのです。

それにふたりとも“やぎや”という実在のお店にいっしょに行きたかった(笑)。それがきっかけで“やぎや”はできたのですよ。自分とは違う人だとまったく違う絵を描くから、「こういう切り口があるのか」とおもしろいです。

-私たち読者も、絵が違っていると同じ原作でもずいぶん違う印象を受けることがあります。長野さん自身も、松谷みよ子や新美南吉など、いろいろな方の原作に絵を付けて絵本にされていますね。

長野さん:そうですね。ただ、新美南吉の作品に関しては、みなさんがよくご存じの「てぶくろを買いに」や「ごんぎつね」ではなく「狐」(偕成社)を絵本にしました。

当時、別の仕事も抱えていたのですが、どうしてもこの作品を絵本にしたかったのです。

-それはどうしてでしょうか?

長野さん:南吉は、生涯でキツネの作品を3作世に出しています。みなさんがご存知の「てぶくろを買いに」や「ごんぎつね」は、南吉の10代の作品であるのに対して、「狐」は彼が亡くなる2カ月前に書き上げた、これだけは書かねばと布団に腹這って書いた作品。

原稿に「1月17日みせの火鉢でのどが痛い」と書かれています。そのあと亡くなっています。

「ごんぎつね」などは、これから作家になりたい、いい作品を書きたいという野心もあったし世に出ようとしていたときの作品。「狐」は、病気で死期の迫っている南吉が、幼い日、母を亡くしているので、理想の母親像を「これだけは書かねば死ねない」との必死の思いで書いた作品です。

でも、この作品は南吉全集にしか載っていない。なかなか全集を読む人はいないから知られていない。だからぜひとも、単行本にしたいと思って絵本にしたのです。

-恥ずかしながら、私も「狐」という新美南吉の作品は存じていませんでした。でも、それが絵本で読めるなんて、すばらしいです。

 

■絵本の愛、紙芝居の愛

-長野さんは絵本だけでなく、紙芝居も精力的に創作されて紙芝居文化推進協議会の会長もしているそうですね。

長野さん:はい。私は絵本創作と同じように、紙芝居も創っていますが、紙芝居は絵本よりずっと下に見られていたのですよ。絵本は備品扱い、紙芝居は消耗品扱いだったのです。

-そんなこと全然気づきませんでした!

長野さん:今は、紙芝居も大事と、紙芝居もやっと備品扱いになりました。紙芝居は戦争をあおる国策紙芝居を創った負の歴史があるけれども、日本で生まれた文化です。日本人は欧米から来たものを大事にしますが、自分の国で生まれたものももっと大事にしてほしいと思います。

-長野さんにとっての絵本と紙芝居の位置づけに違いはあるのでしょうか?

長野さん:絵本も大事、紙芝居も大事。絵本は“絵本の中に読者が入っていく”。紙芝居は演じることで“紙芝居から観客に飛び出してやってくる”。人は作品に入っていき内面を高めることも大事だし、同じものをいっしょに見てともに生きるということも必要。人間にとってはどちらも大切。だから絵本も大事、紙芝居も大事なのです。

-見ている方は、紙芝居も絵本もただ無心に楽しむだけでしたが、じつは人間の成長をそれぞれ異なる側面から支えてくれているのですね。そういう意味では、いろいろな作品を絵本や紙芝居で楽しめるといいですね。

長野さん:作り手の側からいうと、絵本と紙芝居はまったく違うのです。絵本は“文”で、紙芝居は“脚本”。紙芝居には「そこにやさしい男がいて・・・」とは書いておらず、ト書きに「やさしい声で」と書いていて、そう演じることで説明なく伝わるのです。

-あ!確かに!同じ原作でも、紙芝居と絵本では、文章も構成もまったく異なりますね。

長野さん:そうですね。紙芝居と絵本の作り方はまったく違います。絵の描き方もまったく違う視点で作っています。紙芝居はみんなで見るものだから、遠目で伝わる、いっしゅんで伝わる絵であることが大事。

また、ゆったりと紙を引いて動かない絵が飛び出してくる、そういう不思議な世界がある。いっぽうで、絵本はじっくりみて、納得したらページをめくる。作り方もよさも全然違うのです。

-以前は、紙芝居は幼稚園や児童館など、人が集まる場所で見るものでしたが、今は図書館などでも紙芝居を貸し出してくれるところも出てきていますので、ぜひおうちでも紙芝居を楽しんでみてほしいですね。

長野さん:現在、紙芝居は童心社が全体の95パーセントを出版しています。童心社は紙芝居で始まった会社。戦時中、国策紙芝居で戦争をあおる目的で制作していたことを反省し、保育紙芝居や平和な紙芝居しか作らないという志をもって興した会社です。

しかし個人購入する絵本と違い、紙芝居は発行部数が少なく、作り手側は大変なご苦労があります。けれども、そのような歴史があるからこそ、紙芝居を大事に広めていきたいです。

-「紙芝居が日本の文化である」こと、そして、私たちに「絵本とは違う価値を与えてくれていること」に気付けて良かったです。絵本や紙芝居、日本の文化として守るために、私たちができることはあるでしょうか?

長野さん:今は図書館が整備されてたくさんの本に出会うことができます。それはとても幸せなことですが、ぜひ、本当に気に入った本があったら、書店でその本を購入していただけたらと思います。そのことが、出版文化を守ることになるのです。

いま、町の書店が消えています。書店がないといい本が出版されません。出版文化はみんなで守らねば。

 

■悲惨さ表現しなくても、平和の重さは伝えられる

-戦争のプロパガンダで使われた紙芝居や絵本は、今度は小さな子どもたちへ“平和”を伝える手段となりえるでしょうか。「子どもたちへ、今こそ伝える戦争―子どもの本の作家たち19人の真実」(講談社)は、絵本作家や児童文学作家など、子どもの本を手掛ける19人で作ったのだそうですね。
絵本作家として、子どもたちに戦争や平和について伝えていく使命感などをおもちですか?

長野さん:この本はとてもいい本です。戦争の経験を語れる人が少なくなり、戦争や平和について子どもたちに伝えていくことは年々深刻な課題となっているけれど、私は戦争の悲惨さを描いた作品を見せるだけが、平和を伝える方法ではないと思っているのです。軽くても伝えたいことが同じ重さで伝えられたらいいなと思う。

たとえばこの本、「おつきさま ひとつずつ」(童心社)は、私の娘が5歳くらいのときに言った言葉がずっと心に残っていて、孫が同じ年くらいになったときに描いた本です。

あこちゃんがお月さま見て「お月さまきれいね」「お月さまはアメリカにもある?」と聞いたから、お母さんは「あるよ」と答えます。「イギリスにもある?」と聞くのでお母さんは「あるよ」と答えます。「インドにもある?」と聞くのでお母さんは「あるよ」と答えます。

あこちゃんは小さいから、ほかの国はもう出てこないのですけど、お母さんの答えを聞いたあこちゃんは「みんなひとつずつあってよかったね」と言うのです。

おとなはひとつの月を見ていることを知っているけど、子どもの心にはひとつずつあるように見えていて、こんなにすてきなお月さまが、みんなひとつずつあってよかったなと感じるのです。

わざわざ悲惨に言わなくても、こんなふうに普通の本を読んでいるなかでわかることもあると思うのです。平和なのだから。日常の中に、ふつうに過ごせていることが大事だってこと、平和やこの日常が大事なのだなということがわかったらいいと思うのです。

-ハッとされられました。あこちゃんのこの気持ちに、たくさんの人に触れてほしいなと思います。「戦争は悲惨」「平和が大事」ということは、日常のすばらしさに気付くことでも伝えられるということですね。

 

編集部のひとこと

ライター

せいくん

インタビューのなかで印象的だった作品のお話を-ロングセラーの「おかあさんがお母さんになった日」(童心社)は、最初は小学校高学年の性教育にも活用してもらえるのではないかと編集者は考えていたそうです。
しかし、出版してみると、字の読めない幼い子どもたちが、繰り返し繰り返し読むのだそう。それはなぜか?と心理学先生や産婦人科の先生に聞くと、「幼い子はこの本が大好きなのです。小さな子どもたちは生まれる話が好き。自分がどれだけ望まれて生まれてきたのかが知りたくて、それを敏感に感じている。それが生きる力になるのです」と長野さん。
子どもが、望まれて生まれてきたと感じられることが、生きていくうえでどれほどの宝物になることか・・・。絵本の底力を感じたインタビューでした。

取材場所:ピンポイントギャラリー(https://www.pinpointgallery.com/)
「鎌倉の2人展」(長野ヒデ子さん、ささめやゆきさんの展示会にて

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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