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お出かけスポットインタビュー

「光と影の華麗なる世界」と称される美人画で知られる洋画家・宮永岳彦さん。多彩な作品を展示している秦野市立宮永岳彦記念美術館について秦野市文化スポーツ部文化振興課の吉澤みな美(よしざわみなみ)さんにお話をお聞きしました。

秦野市 文化スポーツ部 文化振興課の吉澤みな美さん

大正8年に静岡県で生まれた宮永岳彦さんは、故郷の神奈川県秦野市名古木にアトリエを構え、商業デザインや美人画の制作に励んでおられました。

油彩画にかぎらず多彩な才能を発揮した宮永さんは、器用貧乏と揶揄されることも少なくなかったそうですが、周囲の目を気にすることなく独自の世界観でたくさんの作品を残されました。

そんな宮永さんは日本の美術団体である二紀会の設立に参加し、1974年日伯文化協会の依頼により皇太子・同妃両殿下御肖像画の制作をし、ブラジル政府からサン・フランシスコ最高勲章のグランクルース章を受賞しました。また、秦野市功労者表彰や1979年には日本芸術院賞を受賞するなどさまざまな功績もあげられています。

ご遺族から作品の寄贈を受けたことにより建てられた秦野市立宮永岳彦記念美術館について、秦野市文化スポーツ部文化振興課の吉澤みな美さんにお話をお聞きしてきました。

繊細さとダイナミックさを兼ね備えた宮永岳彦さんの作品とともにお楽しみください!

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■独自の画風を確立した洋画家・宮永岳彦氏

懐かしさを感じる商業ポスター 

-こちらの秦野市立宮永岳彦記念美術館はどのような経緯で建てられたのですか?

吉澤さん:宮永岳彦記念美術館は、ご遺族から作品を寄贈していただいたことから2001年10月に開館しました。

彼の実家が秦野市にあったということもありますが、1946年から15年間、秦野市名古木に自身のアトリエを構え創作活動を続けていましたので、秦野は彼にとってもとてもゆかりのある地なんです。

-そういうことなんですね。宮永さんがどのような画家だったのか教えていただきたいのですが、小田急ロマンスカー・SE車のデザインに携わられていたんですね!

吉澤さん:そうなんです。彼は美人画が代表作ではあるものの、油彩画だけでなく、ポスターや童画、表紙画、挿絵、水彩画などあらゆる方面に才能を見せた画家でした。

-幅広いですね。もともと絵が好きだったのでしょうか?

吉澤さん:絵は幼少期から好きだったみたいです。ただ、父親は彼を工芸家にさせたくて名古屋市立工芸学校に通わせたようです。ちょうどそのころから油絵を描き始めました。

そして2度の兵役後、実家のある秦野市名古木に戻り、そこでアトリエを構え、松坂屋百貨店の宣伝部に勤務しながらさまざまな創作活動に励みました。

-そのころはどのような作品を作られていたのでしょうか?

吉澤さん:おもにポスターや本の表紙などの商業デザインを作ることが多かったようです。

そのなかで小田急ロマンスカー・SE車のデザインやカラーリングを手がけ、ぺんてるくれよんのパッケージに描かれている「ぺぺ(男の子)」と「ルル(女の子)」のデザインもしました。

ぺんてるくれよんのパッケージ

-えぇ〜!?ぺんてるくれよんって箱に入っていて小学校とかでよく使っていたものですよね?すごいなぁ。

吉澤さん:壮年期になると、やっぱり油彩画を描きたいという思いから美人画を描くようになっていき、彼が描く美人画は「光と影の華麗なる世界」と称されるようなりました。

-なぜ「光と影の華麗なる世界」と称されるようになったのですか?

吉澤さん:彼はステンドグラスが背景にある絵で光と影のコントラストを生かした技法を使い、華麗なる女性美の世界を表現していたからなんです。

 

■画風の円熟に向けて

さまざまな分野で活躍した宮永さんの魅力を語る吉澤さん

-美人画を描きたいという思いがあったというお話がありましたが、よく見てみるとポスターにも女性が描かれていることが多いですね。分野は違っても宮永さんのなかには「女性」というテーマがあったんでしょうね。

吉澤さん:ロマンスカーのデザインに携わったのもの、小田急電鉄から小田急沿線ポスター制作の依頼を受けて、そこで才能を発揮したことがきっかけになっているんです。

当時、「太陽の昇らぬ日はあっても宮永のポスターを見ない日はないと。」と評されるほどだったようです。

それくらい、彼のポスターは人々の印象に残るデザインだったんですね。

宮永さんがデザインした小田急ロマンスカー・SE車

-確かに、宮永さんのポスターはとても記憶に残ります。吉澤さんは、宮永さんのどんなところに魅力を感じますか?

吉澤さん:やっぱり代表作にもなっている美人画はとても魅力的だと感じます。

さまざまな分野の作品を手がけていましたが、美人画を見ると自分の描きたいものにたどり着いたんだろうなと思うんですよね。

-なるほど〜。年代を追っていくとそのときどきの心情が作品に映って見えるんでしょうね。

吉澤さん:それはあると思いますね。

そして彼は、商業デザインと美人画などの制作の両立をしていましたが、1968年ごろからは「純粋に自分だけの絵を描きたい」という理由から油彩画に専念するようになり、外国の民族衣装を着た女性を優美に描き独自の画風を築いていきました。

都内での洋画家生活が本当に描きたい彼の画風を円熟させていったんです。

 

■デザインが人に与える印象を大きく左右する

-「美術」って聞くだけでむずかしそうだなって感じてしまう部分があると思うんです。けれど、今回宮永さんの作品を見させていただいて、そこまでむずかしそうだなという感じがしませんでした。

吉澤さん:ポスターやカレンダーの表紙の商業デザインがそう感じさせているのかもしれませんね。

万人受けするようなデザインや色使いがうまく表現されているので、美術に対して壁を感じてしまう人でも触れやすいのだと思います。

-なるほど、そういうことなんですね。ぺんてるくれよんのデザインがまさしくそうですよね!そう考えると、これから美術に触れたい方にとってすごく入りやすい美術館ですよね。

吉澤さん:そうですね。やわらかい印象のものから美人画のようなはっきりとしたものまで幅広くありますし、子どもからおとなまで楽しめる作品が多いと思います。

-宮永岳彦記念美術館では、どのくらいの頻度で展示替えをされているのですか?

吉澤さん:だいたい半年に1回の頻度で展示替えをしています。

とくに彼はさまざまな分野の作品があるので、分野ごとでテーマを決めて展示をしていましたね。

協栄生命カレンダーの原画

-半年に1回来たら、また違った雰囲気を感じられるんですね。では、最後に読者に向けて来館したときに見てほしいポイントを教えてください!

吉澤さん:何度もお伝えしていますが、彼は幅広い分野で活躍していたので、作品を通じて彼の魅力を感じていただきたいと思います。

作品は約400点ありますし、美人画やポスターだけでなく、挿絵や水彩画などもありますのでそれぞれの特徴を見てもらえればと思います。

-わかりました!本日はありがとうございました。

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

これまでたくさんの美術館を取材させていただきさまざまな作品に触れてきましたが、宮永さんの作品は親しみやすく、身近に感じられるものが多かったです。

人に与える印象がデザインによってこんなにも変わるものなんだなと実感することができ、とてもおもしろかったです。

鶴巻温泉駅からも近いので、近くに来られた際はぜひ足を運んでみてくださいね。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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