たいせつじかん ?ほっと一息。少し休憩。幸せな時間?

輝く男性インタビュー

かぎられた時間を有意義に楽しく過ごせる場を横浜に作る! 2021年横浜にこどもホスピスをオープンするNPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事の田川尚登(たがわひさと)さんインタビュー

自分と同じ境遇の家族の痛みを少しでもやわらげたいとこどもホスピス建設という大きな夢に向かって挑戦している代表理事の田川さん

治療法のない悪性脳腫瘍で6歳の子どもを亡くした経験をもつ田川尚登さん。自分と同じ境遇の家族の痛みを少しでもやわらげたいとこどもホスピス建設という大きな夢に挑戦します。

何かに突き動かされるように行動を始めた田川さんのお話は、悲しみのそこから立ち上がってきた田川さんにしか語れないお話でした。

田川さんの存在がみんなの希望の光となり、動き出したこのプロジェクト!

2021年にはこの横浜にこどもホスピスをオープンする予定です。
ぜひ、お楽しみください!

 

聞き手:たいせつじかん編集部

 

■社会から孤立させないことが家族の負担をやわらげる

世界では広まってきているこどもホスピスを語る田川さん

NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事の田川尚登さん

-横浜にこどもホスピスを作る活動をされているとのことですが、こどもホスピスとはどういうものなのか教えていただけますか?

田川さん:こどもホスピスは、生命を脅かす病気の子どもとそのご家族全員がリラックスした時間を過ごすことができるイギリスが発祥の子どものためのホスピスです。

1982年にオックスフォードに作られたヘレン・ハウスから始まり、現在イギリスには50カ所ほどあり、ほとんどの中核都市にはこどもホスピスがあります。

イギリスから始まり、キリスト教の国には広まっていて、ドイツに約20カ所、オランダに9カ所のこどもホスピスがすでに作られているんですが、最近では2年くらい前にセルビアに作られたり、イタリアには今年開設予定で進んでいたりと世界ではヨーロッパを中心に広まっています。

-現在、こどもホスピスは日本にどのくらいあるのですか?

田川さん:残念ながらこどもホスピスと名乗っている施設は大阪に2カ所あるだけなんです。というのも日本の医療制度、教育制度、福祉制度ではカバーできないので、どうしても参入しづらいという問題があるんです。

日本ではまだまだ知られていないこどもホスピスを少しでも多くの方に知ってもらおうと取り組んでいる。

パンフレットを制作し啓蒙活動にも取り組んでいる

-そもそもイギリスや世界各地にはすでに多くのこどもホスピスがあるということから、治療法が見つかっていない病気をかかえている子どもたちがかなりの数いらっしゃるということですよね?

田川さん:そうですね。日本の医療制度のなかで難病と呼ばれる病にかかっている15歳までの子どもは約15万人〜20万人いると言われていて、そのなかの約2万人が治療法がなくおとなになれない病にかかっていると言われています。

-そんなにいるとは知りませんでした。そのような現実が分かっていても、日本にはこどもホスピスがまだ大阪の2カ所しかないんですね。

田川さん:現実はそうなんです。

-田川さんもお子さまが治療法のない病気にかかって亡くなられたわけですが、実際にご家族にかかる負担とはどういうものがあるのでしょうか?

田川さん:私の場合、娘が6歳のころに治療法がない悪性脳腫瘍と診断されました。余命は半年と宣言されたのですが、宣言から5カ月で亡くなってしまいました。

金銭面での負担については、医療費は国の補償でのちに返ってきます。しかし、精神的にはとても追い詰められます。

まず、こんなに元気な子が半年後にいなくなってしまうということが信じられないんです。頭が混乱してしまって、親しい人に話したくても話そうとすると嗚咽に変わってしまってしっかりとしゃべれないんです。

当然、周囲の人もなんと声をかけたらいいかわからないでしょうからどんどん孤立していくんですよね。

-どんな言葉をかけたらよいのかわからない状況になってしまうんですね。

田川さん:そうでしょうね。私の場合そんな状況でも仕事をしなくちゃいけなかったのでまだ社会との繋がりはありましたが、子どもの介護につきっきりの母親はどんどん孤独になっていってどうしても気持ちも内向きになってしまいますよね。

-しかし、こどもホスピスがあればそういった家族の精神的な負担を緩和できるわけですね。

田川さん:そうですね。海外のこどもホスピスがある地域では、そういった状況のときに病院からケアチームが派遣されて、ご家族の様子を確かめるために定期的に自宅をたずねて、会話や相談ができる場を作ってくれるんです。

介護時は、とくに母親にかかる負担は大きくて、在宅のご家族がリラックスできる時間はなかなかとることができないので、家族ごと環境の整ったこどもホスピスに行ってリラックスできる時間や楽しい時間をスタッフといっしょに過ごし、元気になってまた自宅に帰ってくるという流れができているんですよ。

-ご家族全員が気を使わずに安心できる場がこどもホスピスなんですね。そこには、どのくらい滞在できるのですか?

田川さん:イギリスでは家族ごとに利用日数が割り当てられていて、たとえば1年間に40日間利用できるとすると、その40日間を自由に選べて使えるような感じです。

-子どもを亡くすという経験がありませんので、失礼な言葉でしたらご容赦いただきたいのですが、余命宣告をされた時はどのような心境でしたか?

田川さん:私もほかのご家族も同じ気持ちだと思うんですが、主治医から余命宣告をされると、とにかく子どもと楽しい時間を過ごすことがもっともいい時間の過ごし方だと言われるんです。

正直、「なんて冷たいんだ」と感じますし、何か治療法がないかと探し続けるわけです。しかし、結局は残された時間を子どもが望む形で過ごすしかない、ということになるんです。

それにね、子どもはそういうときでも無邪気で、だんだん動かなくなる体を動かそうと努力するんです。そういう姿を見ると、私も現実を受け止めてきちん子どもと向き合って、楽しい時間を作ろうと考えるようになりました。

娘に何がしたいのかを聞いて、可能なかぎりそれを実現するために時間を使うことにしたんです。

 

■田川さんの強い意思で建てられたファミリーハウス「リラのいえ」 

この活動を始め、さまざまな問題を目の当たりにし、苦しんでいるご家族の負担を少しでも和らげたいという思いから、滞在施設「リラのいえ」を作った。

活動を始めてから、家族にかかっているさまざまな負担を目の当たりにする

-ご自身でつらい思いを経験されてこどもホスピスを作ろうと活動を始められたと思うのですが、どういうきっかけがあったのかを教えてください。

田川さん:娘を亡くしたあと、友人たちとNPO法人スマイルオブキッズを立ち上げました。始めはホスピスではなく、横浜市にある神奈川県立こども医療センターの近くに家族向けの滞在施設を作ったんです。

-なぜ滞在施設だったのですか?

田川さん:小児専門病院は各都道府県に必ず1カ所あるというわけではないので、娘が入院していた神奈川県立こども医療センターでも県外から何時間もかけていらっしゃるご家族のご苦労をたくさん見てきました。

そういったご家族の方はホテルに泊まると費用もかかるし、車の中で寝たりロビーのソファで休んだりして過ごされているんですね。

-気軽に家族がゆっくり休める場がないんですね。

田川さん:そうなんです。この状況を変えるためにもなんとか家族の滞在施設を建てたかったので、こども医療センターのOBの方々のご協力をいただき、施設を建てる計画を立てながら募金活動を始めました。

-施設を建てるのにどのくらいの費用がかかるのですか?

田川さん:計画していた施設を建てるのにだいたい8,500万円かかりました。

3年間募金活動を続けて集まったのは3,500万円くらいだったので、5,000万円足りなかったんですよね。

-その5,000万円はどのように集められたのですか?

田川さん:差額の5,000万円はこども医療センターのOBでもある、故 小宮弘毅小児病院の先生が県に寄付をしてくれました。そうして建てられたのが「リラのいえ」という滞在施設です。

-この現状をなんとか変えたいと諦めずに活動を続けていたら、その活動に賛同してくれる方が手を挙げてくれて協力者が集まっていったわけですね。募金や寄付で建てられたリラのいえとはどういう施設なのですか?

田川さん:子どもの介護に付き添うご家族がゆっくり休める個室がある施設です。

各個室にはバストイレが付いているのでプライバシーも守れていますし、食堂やキッチンは共同ですが利用者が自由に使えるようになっています。

 

■たくさんの方がこどもホスピスの誕生を待ち望んでいる

こどもホスピスを作ることを常に考えてこれまで活動を続けてきた田川さん。こどもホスピス建設にはたくさんの課題があるがひとつずつ解決しながら進んでいる。

-「リラのいえ」を建てられたわけですが、その先にはこどもホスピスを横浜に作るという思いがあったんですよね。

田川さん:そうですね、常にそのことを考えていました。

ただ、こどもホスピスは滞在施設と違ってボランティアだけで運営できないですし、ケアスタッフや専門家の方を雇用しないといけません。その運営費や人件費を募金や寄付だけでまかない続けるのはむずかしいのではないかという意見もあり、こどもホスピスの実現は半ば諦めていました。

さらに、リラのいえも運営し始めたばかりでしたし、まずはそちらを安定させないとという思いもありました。

しかし、2012年ごろから大磯で日本初のこどもホスピスを作るプロジェクトが動き出したんです。

-こどもホスピスを作る流れはきていたんですね。

田川さん:そうなんです。そこに自分の財産を寄付したいという方がいらしたのですが、そのプロジェクトが頓挫してしまったので、代わりにこちらに寄付してくださったんです。

-そのときはどのくらいの金額を寄付してくださったんですか?

田川さん:最終的には、約1億円でしたね。

-1億円ですか?すごい金額ですね。

田川さん:私も驚きました。その方はもう亡くなっていたのですが、理由を聞かずにいられなかったのでその方の代理人の弁護士さんに経緯を聞いたんです。

そうしたら、本当はこどもホスピスを作るためなら自分の全財産を寄付したかったんだ、と。自分も過去に脳性麻痺の子どもたちがいる施設で働いていて、そういった子どもたちの行き場所がないことを感じていたそうです。

けれど自分の仕事ではそれを解決することができなかったから、もしこどもホスピスが誰かの手によって作られることがあるならばそれに協力したい、という思いがあったそうなんです。

-これまでのお話をお聞きしていると田川さんのようになんとかしたいと思っていらっしゃる方はたくさんいて、田川さんのように実際に行動に移す方が出てきたら協力しようと思っている方が、見えないところにいらっしゃったということですよね。

田川さん:それは私もこの活動を始めて気づきましたね。

そして、この方の寄付を使わせていただけることが決まったのでこどもホスピスを実際に作る活動を始めることにしたんです。

まず、2014年8月にこどもホスピス設立準備委員会を作って募金活動を始めました。それから、2017年7月にスマイルオブキッズからは独立した形でNPO法人横浜こどもホスピスプロジェクトを新たに設立し、2020年完成目標で募金活動や設立準備活動を本格的に行ってきましたね。

-滞在施設とこどもホスピスとでは規模も違えばかかる費用も違ってきますよね?このプロジェクトを成功させるためにどんなことが必要だとお考えでしたか?

田川さん:最初に1億円もの寄付をいただき、そのあとの募金活動で累計約3億円の資金が集まりましたが、おっしゃるとおりそれでも予算にはまだまだ足らなかったので、横浜市を巻き込むことがこのプロジェクトの成功に欠かせないことのひとつだと考えました。

そして、議会に話をもっていき林市長にお話しさせていただいたところ「横浜市として協力します」という回答をいただけました。

2019年に横浜市で「生命の脅かされた子どもと家族の療養支援施設」というテーマで事業者の募集がされていて、NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクトがその事業者に選ばれたので、横浜市立大学の男子学生寮の跡地を無償でお借りすることができました。

-プロジェクトとテーマがぴったり当てはまっていますね!場所はどのあたりですか?

田川さん:金沢区の六浦という所なんですが、近くには野島公園や平潟湾があります。

-環境は良さそうですね!オープンはいつごろを予定されていますか?

田川さん:予定では2021年の夏ごろまでに建物が完成するので、オープンは2021年の9月か10月ごろになるかなと思っています。

-何度も壁にぶつかりながら、なかには反対意見もあったかと思いますが、何が田川さんをここまで動かしたんですか?

田川さん:やっぱり、自分の娘のために「楽しい時間を過ごしましょう」と主治医に言われたことでしょうね。これまでの私の行動はすべてそれに結びつくなと思っていますし、私自身も子どもたちやご家族を支援できる何かが今の世の中に必要なものだと思っています。

 

■たくさんの勇気と希望を与える行動を!

こどもホスピスの先には本場の小児緩和ケアと日本に広めていきたいと語る田川さん

一歩ずつ前進している

-これまで約20年間この活動を続けられてきたからこそ見えてきた社会の善意や課題があっただろうと思いますが、今後の目標も含めてこの先どういう風になっていくことを望んでいますか?

田川さん:この活動を始めて知ったのですが、私たちよりも前から大阪、北海道、福岡でもこどもホスピスを作る動きはあったのです。そこで、2年前から全国こどもホスピスサミットをいっしょに開催したり、本場のイギリスやオランダのこどもホスピスの方を横浜に招いて世界こどもホスピスフォーラムを開催したりと、日本でもこの動きを活発にしたいと思っています。

そこでは、世界での動きや世界で言われている小児緩和ケアとはどういうものなのか、正しい情報、知識を広めることを目的としています。

ただ、動きが活発になってきたからとはいえ、小児緩和ケアの概念が日本に入ってきてまだ10年足らずですし、日本の小児緩和ケアはイギリスやドイツで行われている本場の小児緩和ケアと比べるとまだまだ劣っている部分が多いんですね。

こどもホスピスがたくさんある国は世界最高のレベル4という格付けがされていますが、日本はまだレベル2なので、それを上げていくためにご家族のことも考えた本当の小児緩和ケアというものを広めていくことが重要だと思っています。

ほかには、イギリスに本部をもつ国際小児緩和ケアネットワークというところが世界に教本を普及させているんです。

現在、その教本を日本語訳し国内で広めていこうと考えているので、さまざまな勉強会で使ってもらえるような流れを作れればいいなと考えています。

-日本がレベル2という評価を受けていることに対して、評価が低いなという印象を受けるのですがそのあたりはどうでしょうか?

田川さん:医療制度では、難病と指定された場合の費用に関しては医療費でまかなわれますが、たとえば子どもが入院中に勉強がしたいと思っても院内学級が必ずあるとはかぎらないですし、その環境が整っているとはいえないんですね。

さらに、日本では障害者手帳が発給された子どもに関しては特別支援学校に通えるようになりますが、医療的なデバイスを付けて学校に行く場合は学校に看護師がいなければ家族が1日中付き添わないといけないとか、そもそも病気で家から外出することができないとか、そういう問題があった場合の教育制度は網羅されていないんです。

-なるほど。現状の制度では、難病にかかった子どもに対する制度が充実していないんですね。

田川さん:教育以外でも障害者手帳があるのとないのとでは受けられる支援が違ってきます。

でもね、障害者手帳を受給するにも3カ月から5カ月くらい時間はかかるわけで、ご家族の方も子どもたちの介護をしながら直接役所の窓口に行って手続きをするわけですよ。

私たちのように「余命半年」と宣告されちゃったら、もう取らなくてもいいかってなっちゃいますよね。

-そうすると結果的に子どもたちには行き場がなくて、ご家族の方が全部負担を背負ってしまうことになりますよね。制度の狭間が存在しているんですね。

田川さん:それが、良くも悪くもコロナ禍でタブレットがあればどこでもオンライン授業を受けられるようにもなりましたし、良い方向へ変わっていくと思うんですけどね。

-田川さんが思い描いたこどもホスピスがオープンして多くの方の支えになるといいですね。

田川さん:そうですね。

今後の大きな課題としては、継続して運営していくための費用をどう捻出していくかということです。制度の狭間の部分なので、主に寄付や助成金で運営していくことになります。現在も多くの方が寄付で支えてくださっていますが、将来的には安定運営できるしくみ作りを考えて横浜こどもホスピスのオープンがみなさんの希望となるように取り組んでいきます。

-横浜のこどもホスピスのオープンが待ち遠しいです!本日はありがとうございました!

 

編集部のひとこと

ライター

せいくん

ンタビューの最後に「ホスピスの実現に向けて、節目節目で娘が助けてくれているような気がすることがある」と田川さんがおっしゃっていたことが印象的でした。

子どもを亡くすという絶望から立ち上がり、大きな挑戦をした田川さんはきっと何かに突き動かされるように難題を解決してむずかしいと思われたこどもホスピスの建設を実現させました。その裏では、きっと常にひとりではないという思いを胸にしまって過ごされたのだろうと思うと胸が熱くなりました。

2021年秋ごろに横浜にこどもホスピス「うみとそらのおうち」が誕生する予定です。田川さんの活動を少しでも多くの方に応援していただけるとうれしいです。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

あわせて読みたい