輝く女性インタビュー
- 「住み続けたいまち」って、どんなまち? 市民と模索する“実験的まちづくり”―神奈川県住宅供給公社(ライフデザインラボ所長・船本由佳さん)インタビュー
【かながわMIRAIキャンペーン】は、「地元の未来を明るく」をコンセプトに、神奈川県、株式会社テレビ神奈川(tvk)、パルシステム神奈川ゆめコープが連携して、県内の子育て支援やくらしの課題解決をめざしたコラボレーション企画です。今回ご紹介する神奈川県住宅供給公社(以降、住宅供給公社)さんも、このキャンペーンの趣旨に賛同し、協賛している企業のひとつです。
しかし、子育て関連の商品を取り扱う企業とは違い、住宅供給公社さんがどのような企業で、どのような子育て支援を展開しているのかについて、みなさんはほとんど知らないのではないでしょうか?今回は、住宅供給公社さんの魅力や取り組みとともに、子育て世代に役立つ情報もお届けします。お話は、神奈川県住宅供給公社が運営するKosha33内で、ライフデザインラボ所長として、住宅供給公社とともに、くらしの課題解決や子育て支援に取り組む船本由佳さんにうかがいました。
聞き手:たいせつじかん編集部
■<実験室>がある不動産屋
-本日は、よろしくお願いします。
船本さん:よろしくお願いします。
-まずお聞きしたいのが、【神奈川県住宅供給公社】とはどんなことをしている企業なのでしょう?ということです。県民のなかには、「名前は聞いたことはあるけれど、じつは何の企業かは知らない」という方が多いのではないでしょうか?
船本さん:【神奈川県住宅供給公社】は、戦後まもなくの昭和25年に設立され、今年で創立70周年を迎えます。街の発展と住民の生活の安定のために「住宅を供給」することが仕事です。とくに、団地をメインとした賃貸住宅を管理運営する組織です。
-団地ですか!昭和世代のわたしには、ノスタルジックな響きを感じます(笑)。でも最近は、ハード面のリノベーションによって、古い団地がとてもおしゃれな内装になり、若い世代によって見直されているようですね。
船本さん:昭和の時代に開発された団地群は、ハード面のリノベーションがもちろん重要です。一方で、わたしたちはソフト面のリノベーションも重要だととらえています。
-ソフト面のリノベーションとはどんなことを指すのでしょうか?
船本さん:地域のコミュニティ作りがそのひとつです。「この地域(団地)にいれば楽しいし、安心できる」という、くらしに直結したつながりが得られるコミュニティがあることが、住み続けたいまちづくりに繋がっていくと思っています。
-物件が新しいとか、駅に近いとか、保育園があるとか。まちの魅力はいろいろありますが、「コミュニティ力」という別の側面もあるということですね。
船本さん:住み続けたいコミュニティの姿を示すことで、住む場所を選ぶ基準や幸せの定義のひとつを世の中に対して見せることもできるのではないかと思います。なので、古い物件や駅から遠い物件であっても、魅力的な場所であればそこは住みたい場所になると思っています。
-しかし、団地には古くからの住人で育んできたコミュニティがすでにありますよね。ここに新しい住人を融合させるのは、とても大変ではないですか?たとえば、若い世代が自治会や町内会に入会しないなど、既存のコミュニティと距離を置く事例もよく耳にしますが。
船本さん: 都市部ではとくにこのような問題をよく聞きますね。町内会の役員さんは高齢化し、お祭りなどまちのイベントを担う人材は減少。地域が衰退していっていることも事実です。そのようななかでは、意識してコミュニティを作っていくことが大切です。「コミュニティをどう作り、継続させていくか」ということを探っていく必要性を感じていました。そこで、【ライフデザインラボ】という場所を作ることになりました。ラボは“実験室“。ここ神奈川が住み続けたいまちとなりゆくために必要なコミュニティの形を、実験と称した活動をしながら探っているのです。
■市民の“自己解決力”が地域を救う!?
-【ライフデザインラボ】=コミュニティの実験室ということですが、ここはどのような場所なのでしょうか?
船本さん:ライフデザインラボは、横浜市中区日本大通33番地、住宅供給公社の1F2Fにある多機能拠点【Kosha33】の中にあります。【Kosha33】には、ラボのほかにギャラリーやホールがあり、くらしに関するさまざまな提案や情報発信を行うスペースとなっています。ライフデザインラボは、市民が主体となって地域に開いた運営をしていて、住宅供給公社は、場所の提供や活動の後押しをすることで市民活動を応援しています。
-それでは、じっさいに“実験”を行っているのは、市民のみなさんということなのですね!
船本さん:はい、そのとおりです。ここでは予め「やりたい!」と手を挙げてくださった市民の方を〈研究員〉として登録した有志の組織を作っています。メンバーから「こんなことをしたい」「困りごとを解決するイベントができないか」という声があがってきます。みんなで話し合いやりたい気持ちの種を育て、イベントや発信の形にしていきます。
プロセスの中で、集まっている人同士の人生が響き合い、「実験室」だけに、化学反応が生まれています。
-たとえばどんな化学反応が起こりましたか?
船本さん:長く空き家になっていた義理の実家の片付けに取り組む人がいました。自分の家ではなく親世代の家の片付けは、遠方だったり物が多かったり、関係者の意見がそろわなかったりと課題も多く、わたしたちの年代にとって関心が高いテーマだとわかってきました。同じころ、相続や遺言などの“終活”について相談を受ける“終活カウンセラー”の資格を持つメンバーが「親の終活を子ども世代が考える勉強会」を開きました。片付けをしている彼女もその勉強会に参加し、まさに現在進行形の事例として参加者に共有されました。寄り合うと、悩みや周囲の方の困りごと、さまざまなくらしの中の課題が浮き出てきます。また、そんな課題に焦点をあててみると、解決するスキルを持っている人も、じつはそばにいるということに気付くことがあります。
-じつは「答えは身近にある!」ということでしょうか?
船本さん: もちろん、行政などが関わらないと解決できないことはたくさんあります。しかし誰かに任せきりにせずに、「自分たちでも何かできないか」という発想をもつのが大切だと思います。現代はサービスがあふれていて、お金さえ出せばだれかが解決してくれるのかもしれませんがサービスをする側、サービスを受ける側という考え方ではなく、まちのことを自分ごととして考える後押しをしたいと思うのです。
たとえば子育ての問題も、「子どもを預ける人(場所)を見つける」解決ではなく、「どうやったら働きやすくなるのかな?」とか、「どうすれば子育てのストレスがなくなるのかな?」という思考をともに持つことができれば、もっといい未来になっていくと思うのです。
(現在はコロナ禍のためむずかしいですが)ここは平成版井戸端会議ができる場所として生まれました。なんでもない話をしながら、「自分たちで物ごとを解決する力」を市民がどうやってつけていくかという点を視野に入れて研究を進めています。市民がともに学び、そういう力をつけた市民が地域にいることで、そのまちに力がついていくのではないかと考えているのです。
■「違う」から「わかる」こと
-自分との「違いから学ぶ」ということを取り入れたイベントをたくさん開催しているそうですね。
船本さん:はい。残念ながら2020年は、コロナ感染拡大を防ぐため開催を延期しましたが、【みらいフォーラム神奈川】というイベントを企画していました。令和に入り、多様な生き方・働き方が選択できる時代になっているからこそ、自分と違う世代やいろいろな価値観を持つ他者に触れて話してみると、ひとつの気づきになるのではないかと考えて企画したイベントです。
-確かに、働き方ひとつにしても、正社員やパート・アルバイトだけでなく、フリーランスという道もある。子育てや夫婦のことについても、いろいろな価値観に触れることで、気づくことはたくさんありそうですよね。
船本さん:専業主婦とサラリーマンの家庭が一般的で幸せという時代からはずいぶん時間が経過して、生き方や働き方を選べる時代なのが今。一方で、たとえば親の世代を見て、親のように生きなくちゃという呪縛にとらわれている人もいるようです。思い込みをリセットする場があったほうがいいと思いました。自分の価値観とは異なる人、自分とは違う生き方をしている人たちとまじりあう場があったら、もっと違う道が見える可能性があると思ったのです。たとえば「結婚を解消したって大丈夫!」と思えれば、結婚に対してもっと前向きな考え方ができるかもしれないし、自分を大事にして違う道を生きていくかもしれない。たくさんの価値観を自分の中に取り込むことによって、選択肢が豊かになるのではないかと思うのです。
-確かに、自分と異なる価値観に出会うと、「こんな考え方もあるのだ!」と、とても新鮮な気持ちになりますよね。しかし一方で、価値観に揺さぶられつつも、大きな変化を恐れる人が多いのではないかと思うのですが。
船本さん:わたしたちは「多くの指針と選択肢を持とう」と表現しています。まず、選択肢がたくさんあることは大事です。その選択肢からどう選ぶのかという指針を育てることも同じくらい大切だと思っています。多様な人や価値観と出会うことで選択肢が増えるのと同時に、さまざまな経験や他者から得た気づきによって、指針もまた成熟していけると思っています。そして、たくさんの選択肢の中から自分の道を選び進めるようになれることが理想の姿です。
-しっかりとした指針があってこそ、たくさんの選択肢をもつ価値が高まるのですね。指針とは「自分軸」ということなのかもしれませんね。
船本さん:そうですね。また、少し視点を変えた他者からの学びの機会も持ちました。2019年に開催した、【知ることで、まちをどんどん好きになる】というプロジェクトです。障害のある方や、外国の文化圏で育った方、世代差など、ふだんの生活では交じり合う機会がない人たちと、互いのことを学び合うリアルな対話の場を作ったプロジェクトです。同じ価値観になることが目的ではなくて、違う価値観から学ぶことがねらいです。
-みなさんは、ここでどんな気付きを得たのでしょうか?
船本さん:たとえば、障害のある方とのイベントを行った際は、参加者の多くが親の立場だったので、障害のある人の生活の一部を体験して得たことを、子どもや周囲にどのように伝えていけばよいかを考えるきっかけとなったという声がありました。また、外国の人から見た日本人の印象や違和感などを聞くことで、客観的な視点で日本人である自分を捉えることができたと思います。20代から40代の世代差のある人たち同士の対話では、各世代の思い込みなども明らかになっていき、「老後の準備を語る 20 代」・「ライフデザインをすでに考えている大学生」などと対話をするうちに、自分たちの生き方や生活のしかたに、新たな視点を得ることができました。
-相手との違いを知ることで、自分が見えてくることもあるのですね。
ところで、このプロジェクトには、もうひとつ「”街の伝え手”を増やす」というねらいがあったそうですね。
船本さん:はい。【対話】と【発信】を軸に掲げ、プロジェクトを進めました。発信軸では、街の子育て世代のママたちが編集者となり、市民の代表としてこのプロジェクトについて書き、発信してもらいました。
-市民代表!!それは彼女たちにとって大きな挑戦ですね!
船本さん:はい。子育て世代は地域の未来に敏感です。育休の時期を豊かに過ごしたいと考えている人もとても多いです。一方で、赤ちゃんのいる自分は無力で何もできないと考えている人もいました。そんななかで、社会福祉協議会の助成金で保育の支援を受けながら、全員で最後までやり切ることができました。
子育てをしているときは、価値観が揺さぶられる時期だとも思います。こうやって生きていこうと思っていたのに、子どもが生まれてそうもいかなくなったとか、予定していなかった道を選んでいたりとか。わたしも子育てをしながらライターの活動もしていますが、取材とは自分や地域を深堀りする作業だと感じています。彼女たちも今回の取材を通して、同じような経験を得て、いろいろな気付きがあったのではないかと思います。
-このプロジェクトを乗り切ったママたちが、自分たちの街のことを発信できるようになったり、自分の地域について深い視点で考えるようになるとすばらしいですね。
「子育て世代個人の成長を支援することが、街やコミュニティの成熟につながっていく」―これも神奈川県住宅供給公社の子育て支援のカタチなのですね。
■「はじめてばこ」がつなぐ緩くやわらかいつながり
-さて、最後になりましたが、住宅供給公社さんは、かながわMIRAIキャンペーン「はじめてばこ」に協賛いただいていますね。プレゼントは何が入っているのか教えていただけますか?
船本さん:はい。Kitpas(キットパス)といって、絵の具やクレヨンのように多彩な使い方ができる安全な口紅に使うような材料を使った水溶性のチョークをプレゼントに入れさせていただいています。絵の具やクレヨンのようですが、紙だけでなく、窓ガラスなどに描いたものを水拭きで消せたり、水筆で薄めて延ばしたりと多彩な使い方ができます。
-ライフデザインラボの窓にも、キットパスでたくさんのおうちが描かれていますね。かわいい!
船本さん:キットパスを使って、お子さんの足形や手形を取ることもできます。「はじめてばこ」を受け取った方にライフデザインラボにお越しいただいて、いっしょに赤ちゃんの足形をとるワークショップを行うことを企画していました。この機会を使って、おうちに引きこもりがちだったり、悩んだりしているママたちが外に出るきっかけにしてもらい、わたしたちとお話をする関係性を築きたかったのですが、、、コロナの状況をみて、開催を中止しました。しかし現在は、準備も整い、オンラインでの開催をスタートさせています。
-リアルな場での企画がオンライン開催となって、ワークショップはどのような様子でしょうか?
船本さん:何を話せばいいのか?共通の話題があるのか?と不安ななかでも、「足形をとる」という同じ目的があると参加しやすいのかもしれません。0歳児を育てるスタッフや先輩ママスタッフも入って、和気あいあいと進行し、キットパスインストラクターが画面越しに足形の取り方の説明をしていきます。オンラインワークショップは足形の完成が目的ではなくて、共有する時間をもつことが何より大事。画面を社会へアクセスする窓だと思ってくださいねとお伝えします。
-そうですね。画面の向こうのママたちは、0歳児の赤ちゃんを抱えて、社会と分断された環境にいらっしゃるのですね。コロナも相まって、赤ちゃんを連れてどこにも行けず、誰にも会えない日々をくらしているかもしれませんよね。
船本さん:はい。こういうちいさなつながりを通して、あなたたちを気にかけている人がいますよ、あなたと社会はつながっていますよということを伝えていきたいです。もしコロナがなければ、ワークショップは横浜市のライフデザインラボで開催されていました。遠方の方は、0歳児の赤ちゃんを連れて来ることはむずかしかったでしょう。しかし、オンラインになったことで、遠方からのエントリーもあり、リアルでは会えなかったであろう人とつながることもできています。不思議なものですね。出会った人たちが、いつか、子育ての悩みや地域について向き合う場面になったとき、こんなことをしていた人たちがいたなと思い出してくれるといいなと思います。
編集部のひとこと

編集長
かなちゃん
大型マンションやタワーマンションとは異なる価値を生み出そうとしている[団地]。
コミュニティを重要な要素としてとらえ、自ら実験室を擁して、その開発を行っていることには本当に驚きました。
街の未来を担う子育て世代が、まちづくりに積極的に参加するモデルがここから発信され、全国の衰退する多くのコミュニティが救われるといいなと思いました。
今後の団地に注目です!
- 神奈川県住宅供給公社HP:
- https://www.kanagawa-jk.or.jp/
編集部メンバー
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ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。 |
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家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。 |
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