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輝く男性インタビュー

逆境に負けるな!未来は自分の手で変えられる!川崎フロンターレ 中村憲剛選手の情熱インタビュー!

元日本代表 川崎フロンターレの中村憲剛選手

20186月からスタートしたたいせつじかんですが、今回がインタビュー100回目です。そのため、100回スペシャルインタビューとして、サッカーJ1リーグ川崎フロンターレ所属で元サッカー日本代表の中村憲剛選手にお話をお聞きしてきました。

サッカー選手として決して恵まれた体格ではない中村選手が、なぜ日本サッカー界の第一線で挑戦を続けることができているのか?そして、40歳を迎える今年、見据える先には何が見えているのかなど、いろいろとお話をお聞きしてきました!

100回目にふさわしいとても前向きなお話をお聞きすることができました。

ぜひ、お楽しみください!

聞き手:たいせつじかん編集部

 

今を一生懸命に。引退なんて考えない

サッカーが心から好きだと語る中村憲剛選手

-中村選手ご自身では、プロサッカー選手として第一線で活躍を続けていられる要因をなんだとお考えですか?

中村選手:とにかくサッカーがうまくなりたいとずっと思い続けていることではないですかね。昨日の自分よりも、今日の自分の方が少しでもサッカーがうまくなっていたいんです。サッカーをするうえで、この考えがずっと根底にあります。

-サッカー選手として決して恵まれた体格ではないとご自身でもおっしゃっていて、物理的な体格差による困難や試練もたくさんあったんだろうと思うのですが、体格差が理由でサッカーをあきらめようと思ったことはないですか?

中村選手:ないですね。サッカーは、体格や身体能力が劣っているから活躍できないというスポーツではないです。まず、そのことを知ってほしいですね。

もっとも大切なことはチームが勝つことです。僕個人がいいプレーをしてもチームが負ければ意味がありません。ですから、チームが勝つために自分は何をするべきなのかを常に考えてきました。

自分だからできることや、チームメンバーを活かしそして自分が活かされるにはどうすればいいかを常に考えてサッカーをしてきて今に至っていますから、考え方ひとつで体格差、身体能力の差は乗り越えられると思います。

自分がチームにとってどう貢献できるのかを常に考えることが大事

-しかし、常に気持ちを切らさずに挑戦を続けることって辛くないですか?

中村選手:そのことはよく聞かれますが、サッカーが心から好きなんです。やめたら別の仕事をしなければいけないし、飽きは来ないのでそういうことを感じたことはないですね。

サッカーは自分がもっともいきいきとしていられる場所なんです。仮にちょっと休みたいなとか楽したいなと思って手を抜いたら、その時点で僕のサッカー人生は終わりです。

自分が納得するやり方で、大好きなサッカーを続けていきたいですね。

-では、質問を変えて一般的には引退を考える年齢に入っていると思いますが、引退を考えることはありますか?

中村選手:今を精一杯生きています()。仮に、いつかそういう日が来たとしてもサッカーには携わりたいですね。

 

サッカー選手としてのターニングポイントは中学生

中学1年生で挫折を味わう

-これまでのサッカー人生のなかでいちばん苦しかったときはいつですか?

中村選手:それは中学生のときです。小学生の頃は全国大会に出るような強いチームに所属していて、自分にもある程度自信がありました。しかし、中学に上がった途端にチームも勝てず、僕自身も通用しない日々が続きました。

中学に上がって入ったチームは新設のクラブチームで、僕たちが1期生だったため1年生しかいないチームでした。そのチームで試合に臨んでも上級生が中心の相手チームには勝てないし、僕自身も思うようにプレーができずに苦しくて、そのチームをすぐにやめてしまったんです。当時は、何もできない自分に絶望というかがっかりしてしまったんですよね。

今思えば、自分がうまくプレーできないことを周りの人や環境のせいにして、現実から逃げていたように思います。

-中学1年生でその経験をしたんですねそれでも、サッカーはやりたかったんですね。

中村選手:やりたかったのか、やらなければならないと思っていたのかはわかりませんが半年のブランクを経て、地元の中学校のサッカー部に2年生から入部して再開しました。

小学生の頃は体格差がそれほどなかったこともあり、自分の得意なプレーでチームを勝たせていたのですが、中学校に入ると体格差が大きくなり、小学生の頃に得意としていたプレーができなくなったんです。

なので自分のプレースタイルを変えないと試合に出られなかったんです。それまでのプレーを捨てて、周りの選手をどう使うかを考えるようになって、パスをすることを覚えたんです。

-自信があった自分のプレーが通用しないという事実を中学生の中村少年はすぐに受け入れられたんですか?

中村選手:受け入れる受け入れないではなく、受け入れてさらに何かを変えなければ試合に出られないし、サッカー選手として続けていけないという事実が目の前にあったので受け入れる以外の選択肢はなかったですね(苦笑)

-でも、中学生の早い時期に自分がサッカー選手としてどう生きていくべきなのかを受け入れたからこそ今があるんですね。

中村選手:間違いなくその経験があったから、今のプレースタイルのベースができたと思います。とても苦しい時期ではありましたが、中学生時代がサッカー選手としてターニングポイントになりました。

 

それは本当に逆境なのか?捉え方次第で見え方は変わる

小学6年生時の身長は136cmだった中村選手

-サッカーをしている子どもたちの中にも、体格が小さくて悩んでいる子どもがいると思うのですがその子どもたちに向けてアドバイスはありますか?

中村選手:小さいことはむしろチャンス!と言いたいですね。

-えっ、想定と違った回答なのでびっくりしています!

中村選手:子ども時代に体格が大きかったり、身体能力が高かったりする選手は、考えてプレーをしなくてもやれてしまうことが往々にあるんです。でも、徐々に学年を上げてサッカーを続けていくと、自分よりも体格の大きい選手や身体能力が高い選手はどんどん出てきます。それまでのプレーが通用しなくなったときに考えてプレーをする工夫がないと現状を打開する方法を考えられなくて苦しくなってしまいます。

-体格の優位性を利用して勝ってきても、上には上がいるということですね。

中村選手:そうですね。自分もそうでしたが、体の小さな選手はそのサイズ・能力で自分がチームにとってどう貢献できるのかを常に考えなくてはなりません。幸か不幸か体が小さいために、必然的に考えられる土壌が作られていくんです。考える土壌が作られれば環境が変わっても、その都度アジャストしていける選手になれます。

-目の前の逆境も見方を変えるだけチャンスになるということですね。日本代表にまで上り詰めた中村選手が言うとすごい説得力です。ちょっと震えます。

中村選手:そりゃそうです。そうやってこれまでサッカーを続けてきたんですから()

中学生の頃からずっと、現実から逃げそうになる自分に対して、「本当に逃げていいのか?逃げると決めるのは自分で、周りのせいじゃない。逃げると決めるような自分でいいのか」って常に問いかけていました。

-それを聞くと耳が痛いです。私はすぐに逃げようとします

これまでのご経験のお話をお聞きすると非常にストイックにサッカーに向き合っていられるんだろうなと思うのですが、食事などで気を付けていることはありますか?

中村選手:スポーツ選手としてNGであることは当然しませんが、特別ストイックだと思っていませんね。食事の面ではストレスになるくらいなら食べるという選択をします。なのでお菓子も食べたいなと思ったら食べますし(適量ですが)、焼き肉をたくさん食べたいと思えば、たくさん食べますね。

でも、間違えてはいけないのは、これは僕の場合はそれがいいということです。人によって体の大きさも違えば性格も違うので、人それぞれに合う合わないがありますから自分に合ったものを選ぶべきです。

僕の場合は体格が小さかったので、いろいろなトライをしている分、失敗もたくさんしてきました。当然、周りからのアドバイスも聞きますが、ほかの誰かの成功例をそのまま採用するのではなく自分が体験した結果として良かったものを採用するくせがついています。

-その考え方が、ほかの人から見るとストイックに見えると思います!

中村選手:なんか、この話をすると堅物に思われそうで嫌なんですよね。そんなことは決してないと言っておきますね()

 

海外挑戦よりも川崎フロンターレで優勝がしたかった。

2017年にJ1リーグで初優勝を飾る

-これまでのプロサッカー選手として日々を振り返っていちばん印象的なシーンを教えてください。

中村選手:印象的なシーンとしては日本代表に初めて選出されたときの試合や、南アフリカワールドカップのパラグアイ戦とかいろいろありますが、やっぱり川崎フロンターレでのJ1初優勝のときだと思います。

-正直、そうであってほしいと思って聞いていました()2017年にJ1リーグで初優勝されたときのお気持ちをお聞かせください。

川崎フロンターレは、2017年にJ1リーグで初優勝するまで国内3大タイトルで8度の準優勝にとどまるなどなかなか優勝に手が届かなかった。

中村選手:今でも思い出すと鳥肌が立つくらい人生で最高の瞬間ですね。

それまでのチームの先輩たちの思い、サポーターの思い、チームにかかわるすべての人の思いを勝手に背負っていましたから、やっとみんなに優勝を届けられたという思いが強かったですね。

-うれしさよりも、安堵感のほうが強かったんですね。

中村選手:やっと責任を果たせたと思いました。

-それほどの思いをもっている川崎フロンターレとは、中村選手にとってどんな存在ですか?

中村選手:そうですねぇ、家みたいな存在ですかね。

2016年には歴代最年長の36歳でJリーグ年間最優秀選手賞を受賞

-海外のクラブチームからのオファーもあったと聞いていますが、それでもチームに残られたのはなぜですか?

中村選手:正直、あのときは海外挑戦をする気が強かったんです。しかし、その一方でフロンターレに何も残せていないという思いも強くありました。

最終的には、このチームで優勝したいという思いが強くて残留を決めました。結果的には、フロンターレに残留を決めてから優勝するまで7年かかりましたけどね()

-その話をお聞きしてあらためて思いますが、本当に優勝できてよかったですねぇ!

中村選手:本当にね!もし優勝できずにいたら後輩たちにすごい重責を残すことになったと思うのでよかったですね!

-では最後に、2020年のJリーグ再開が決まりましたが、読者の方々にひとことお願いします。

中村選手:コロナウイルスの影響で、初めてスポーツやエンターテインメントのない日々を経験し、まるで色あせてしまったような毎日のなかでスポーツ選手として歯がゆさを感じていました。

しかし、再開が決まった今は、これまで以上にサッカー選手としての自分たちの役割をかみしめて試合に臨みたいと思います。

また、私たちプロ選手は試合ができますが、多くの学生・アマチュアのサッカー大会は中止となり試合が再開できていません。その選手たちの思いもしっかりと背負って試合にのぞみ、サッカーでみなさんを元気にしたいと思います。

-練習後でお疲れのところインタビューにおこたえいただき、ありがとうございました。

 

番外編

-編集部が個人的に聞きたかった質問をしてきました!

Q1:これまで対戦した選手ですごいと思った選手を教えてください!

A:リオネルメッシ選手とヤヤ・トゥーレ選手

Q2:日本代表として初めて試合に出場したときはどんな気持ちでしたか?

A:アンダーカテゴリーの日本代表に選ばれたことがなかったので、25歳で初めての日の丸を背負う経験をしたんです。そのときにスタジアムで君が代を歌い日本代表を背負うとはこういうことなのかと感じて震えました。そのことは今でも鮮明に覚えていますね。

試合に関してはベンチスタートでしたが、出たときはとても楽しかった記憶があります。代表経験がなかったので海外チームと試合した経験もほとんどなかったのですが、すごくフレッシュな気持ちで試合にのぞめましたね。

Q3:南アフリカW杯に出場されていますが、そのときの気持ちはどうでしたか?

A:すごく集中していて、舞い上がったりすることなく選手はみんな冷静でした。今みたいにネット環境が整っていなかったので情報が即座に入ってくるわけではなかったということあると思いますが、選手はホテルと練習場とスタジアムの往復で日本の盛り上がりは意外と伝わっていなかったんですよね。

でも、スタジアムに入れば違いましたよね。ブブゼラという楽器が使われていて独特な雰囲気でした。

 

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

中村選手にインタビューをして感じたことは、とにかく自分の軸を強くもつことの大切さでした。
逆境にあっても自分の軸がぶれないように自分と向き合い、自問自答をし自分なりの答えを出して逆境を乗り越える。
それを繰り返し、体格差を乗り越え日本代表まで上り詰める。

目の前にいる華奢な中村選手の気迫に終始、圧倒されてしまい聞きたいことの半分しか聞けませんでした…

2020年は誰も想像すらしなかったことが続きますが、中村選手の前向きなエピソードが詰まったインタビューが多くの方に届くといいなと思います。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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