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輝く男性インタビュー

美容の力でバリアフリーな世界を創る―美容師×ソーシャルビジネスは地域に何をもたらすか?―美容師・社会起業家 廣田純也さんインタビュー

美容師・広瀬純也さん

湘南・茅ヶ崎にある一軒の隠れ家―手入れされた庭、センスのいいオブジェ、オールドアメリカンな建物とエクステリアは、見ているだけで幸せになれる。

建物の中に入ると、木造の大きな吹き抜け階段。味のある古い階段をのぼり、いちばん奥の部屋のドアを開けると、ほぅっとため息が出た。日当たりのよいこの部屋は、アンティークな家具たちが映画のワンシーンを映し出しているよう。

これが、本日インタビューをする、美容師・廣田純也さんのサロンです。このサロンで、廣田さんは美容師、そして社会起業家としてどんな思いをもち、どんな活動をしているのか。
美容師・廣田純也さんのインタビューです。

聞き手:たいせつじかん編集部

■ゆっくりと流れる時間、ここは魔法の美容室

広瀬さんのサロンの様子

―本日はよろしくお願いします。

廣田さん:こちらこそ、よろしくお願いします。

―ここは本当にすてきなところですね。隠れ家と呼ぶのにふさわしい立地に、おもむきのある建て物。この建て物の奥に、サロン(美容室)があるなんて!驚きました。それに、普通のサロンとずいぶん違います。なんだか、モデルさんのメイクルームのような気もしますし、映画の主人公のお部屋にいるような雰囲気もします。

廣田さん:ありがとうございます。普通のサロンと違って、ほかのお客さまやスタッフと顔を会わせずに、ゆっくりと髪を切ることができます。

―廣田さんは、引きこもりや精神障害のため、外に出にくかったり、人と接するのが難しい方の髪をカットされているとうかがいました。サロンを個室にされているのは、このような方の支援のためなのですか?

廣田さん:確かにそういう背景をおもちのお客様はいらっしゃいますが、その方たちの支援のために個室を採用しているわけではないのですよ。ぼくのなかでは、どのお客様にも線引きはありません。どんな方の髪もカットします。

社会参加がむずかしい方の髪を切っていると聞くと、特殊なことをやっているように感じるかもしれませんが、ぼくがやっていることは、ただ「髪を切る」ということ。人によって違いはありません。

―なるほど。このサロンは、誰もが廣田さんとじっくり向き合って髪をカットできる場所ということなのですね。美容室はオープンな空間設計が多いので、このサロンは特別感がありますね。この場所を見つけられた人は本当にラッキーだと思います。でも、人と接するのがむずかしい方たちは、どのようにしてこの場所を見つけてやって来られるのですか?

廣田さん:多くの場合、まずはぼくを知って、関係性ができたうえで、「ぼくのサロンへおいで」というながれが成り立っていますね。個室サロンだから来ているのではなく、ぼくがいるから来ているということ。

ここへ来る頃には、すでにお互い関係性ができているのですが、ここでコミュニケーションを重ねるほどに、より本来のその人の姿が出てくるなと感じます。

―廣田さんへの信頼感と、この場所独特の安心感のおかげですね。

廣田さん:場所の安心感という意味だと、ぼくが彼らの家に髪を切りに行ってもいいのですが、そのような困難がある人たちは、家から出るということが大事かなとも思うのです。

だから、ここへ来ることが、社会参加の一歩になればと思っています。じっさいに、ぼくのところへ来て、イベントに参加するようになったり、ボランティアを経験することに至ったりしたケースもたくさんありました。

ここが、普通のサロンに行けるようになるとか、いろんな社会へつながっていくための、きっかけの場所になればいいなと思います。

一方で、じつは最近、彼らとぼくの関係がしっかりできていれば、「個室がマストではない」という気もしています。

■「美容+ソーシャルビジネス」―前へ進むためのキーワード

ソーシャルビジネスについて語る広瀬さん

―廣田さんは、サロン経営だけでなく、さまざまなサービスを提供されていますね。

廣田さん:はい。このサロンの運営以外に、高齢者施設や精神障がい者の就労支援施設、精神科の病院などへ定期的にうかがう訪問美容や、さまざまな撮影やイベントに参加するヘアメイクとしての仕事があります。

また、近年は、地元茅ヶ崎市において「湘南バリアフリーフェスティバル」というイベントを企画・運営することも行っています。

―多岐にわたった活動ですが、美容業界の第一線でしのぎを削った廣田さんが、なぜ福祉美容に向き合うことになったのですか?

廣田さん:ソーシャルビジネスと出会ったのがきっかけですね。それは、ソーシャルビジネスという言葉が一般的に知られてきた時期でした。

ボランティアというのは知っていましたが、そのころのぼくは、まったく興味がありませんでした。自分の生活もままならない状態で、誰かに対してやさしくなるって、すごく無理があるなって思っていました。ビジネスが大事でしたし、稼ぎたい!と思っていましたし、真逆にいたと思います。

でも、そればっかりにとらわれるのはいやだなとも思っていました。そんなときにソーシャルビジネスを知って、これはいいなと思ったのです。

―ソーシャルビジネスとは、社会問題の解決を目的とするビジネスですよね?

廣田さん:事業収益をあげながら、課題解決を継続的に行っていくビジネスともいいます。美容師をやっていて、ものたりないというか、数字にとらわれる感覚に疑問を感じていた時期でした。

そこから次のステージに行こうと思ったときに、このソーシャルビジネスという感覚が必要だと思いました。何をどうしたものかと思って、地域活動をしている知人に相談したら、茅ヶ崎の養護施設に髪を切りに行くボランティアにつなげてくれました。

いろいろな事情でおとなにに対する恐怖心をもつ子どもたちもいるから、どんな対応をされるかわからないよといわれていたのだけど、いざ行ってみると、すごく喜んでくれたのです。

困難を抱えた子どもたちにとっても、髪を切るということが楽しみとか喜びにつながるということが実感できて、ぼくにとってはすごくいいきっかけになりました。

「誰かが喜ぶ美容」という、本来ぼくのベースにあったものが、仕事を続けていくうえで見失いがちになっていたのですが、そういう経験を経て、やっぱりこうだよなというのが自分の中に落ち着いてきました。

本来の美容の楽しさ、価値というものをあらためて見直すきっかけになったので、ぼくだけじゃなくて、いろいろな美容師たちがこういうかかわり方をもう一度できるような業界にしたいなという思いもあって、知人の美容師にも来てもらったりしながら、2年ほどそのボランティアを続けました。

―最初は対極にあると思っていたボランティア活動をすることが、美容師としての仕事の価値を再確認できるよい機会となったのですね。

■「ぼくでしかできない」ソーシャルビジネス

―訪問美容においても、「廣田さんと契約したい」という施設がたくさんあったり、ご自身のサロンにて、社会参加がむずかしい人たちが安心してヘアカットできるスペースを確立したりと、廣田さんのソーシャルビジネスは順調に成長しているということですね。

廣田さん:ぼくはこれらのサービスについて、ソーシャルビジネスとはとらえていないのですよ。というのも、美容業界で、訪問美容は業種として確立しています。

高齢者施設へ行っても、精神科病院に行っても、精神障がい者の就労施設に行っても、訪問美容自体は、普通の美容業種のひとつなのです。

ぼくは、サロンワークや訪問美容などは一般的な業態の一種として考えていて、ソーシャルビジネスは、これらとはまったく違う位置づけのものという感覚でいます。

それが、先ほども少し触れた、茅ヶ崎で行っているイベント「湘南バリアフリーフェスティバル」(通称、バリフェス)の企画と運営。これがぼくのソーシャルビジネスだといえます。

―バリフェスとはどんなイベントなのですか?

廣田さん:正式名称は「湘南バリアフリーフェスティバル」。障害や困難を抱える方がファッションモデルを務めるイベントで、プロが本格的なヘアメイクやメイクを施し、モデルさんたちはランウェイで輝きます。

第2回となった2019年は、シニアモデルも加わり、さらにぼくがやろうとしていたことに近づけた年となりました。

健常者、障がいのある人、若者、シニア、同じ地域に過ごしているけれども、お互いの間にはみえないバリアがあって、見て見ぬふりをしている雰囲気を感じていました。

でも、注意して見渡してみると、そういう人たちがちゃんといる。このイベントを通して、互いの存在を知り、互いの間にあるバリアをなくせたらという思いがありました。

―Facebookでイベントの様子を拝見すると、本物のファッションショーのようなランウェイや舞台裏の様子が見れました!とくに、モデルとなったおばあちゃんの笑顔がひときわ印象的でした。

廣田さん:93歳のおばあちゃんもモデルとして歩いてくれました。ヘアメイク、メイク、ネイルまで施して、たくさんのお客様の前に立ち、拍手を受け、曾孫さんに折り紙で作った賞状をもらいました。

このイベントでモデルを経験された方は、その方の来年1年間の目標が新しく生まれたことでしょう。もう一度ダンスをしてみようとか、髪の毛を伸ばしてみようとか、ポジティブな発想につながったのではないかと思います。

その方々にとってこのイベントは、とても価値があったのではないでしょうか。イベントに出たときと出なかったときで、彼らの人生の彩りが変わるのではないかと思うのです。

―みんなの拍手と声援を受け、自分の人生に誇りをもてたのでしょうね。ステージに立つモデルさんの自信に満ちた笑顔がどの方もすばらしいです!ランウェイを歩く前に、メイクを施されながらどんどんきれいになっていく自分を見ても、大きな自信になったのでしょうね。美容の力ってすごいです!

廣田さん:はい。しかし、じつはモデルを見ている側も、たくさんの勇気を与えられてもらっているのだと思っています。90歳を過ぎても、ステージで輝いている彼女たちを見て、「わたしもあんな風に輝いているおばちゃんになりたい!」と思う人たちもいたでしょう。

彼女たちはそれこそ、60歳くらいから「しっかり運動しよう!」とか、「足腰強くしとかなくちゃ!」というポジティブな発想が出てきたのではないでしょうか。シニアが輝いている姿は、周りにいい影響を与えるのだと思うのです。

―なるほど!あのステージの上だけでなく、周りの人までも影響を与えてしまう!あらためて、ファッションや美容の力って、本当にすごいと思います!!

廣田さん:このイベントでは、地元の文教大学の学生をはじめ、多くの若者が力を貸してくれました。美容とかファッションという業界だからこそ、若い人たちに対してぼくたちが訴求できることがあるのかなと思っています。

そんな若者と、ふだんは接点のなかった障がい者や高齢者が、バリアフリーな関係になっていき、このイベントやぼくがやろうとしていることが、この地域のひとつの価値になればいいなと思っています。

昨年は茅ヶ崎市の助成金、さまざまな団体からの協賛、そしてクラウドファンディングで資金を募りました。時間もお金もかけて、負担はかなり大きなイベントです。でも、この活動こそがぼくにとって純粋に、ソーシャルビネスジだと思っているのです。

―さまざまな面において負担の大きなこの活動が、廣田さんのソーシャルビジネスである理由はどんなことなのでしょうか?

廣田さん:このイベントは、関わる人や見ている人の力を引き出し、意識の変革や人と人のつながりなど、社会に対してより良い価値を生み出しています。美容の力で人を元気にする、美容師としてのベースがこのイベントにはあると思っています。

一方で、このイベントは、ぼくの思いをより広く人々に知ってもらう役割も果たしています。この活動を通して、ぼくの思いに共感する人や、ぼくのサロンや訪問美容などの、本来のお客様につながることができています。

ですから、イベント自体は事業収入にはなりませんが、ぼくのソーシャルビジネスとして、大きな価値を生み出してくれていると思っています。

―廣田さんの思いを伝えるこのイベントが、もっと広くたくさんの方に知られるといいですね。

廣田さん:バリフェスに関しては、チャレンジ的な意味が強かった2018年から、主旨や目的をより明確にし、シニアが参加した2019年を開催し、やってよかったと思える結果を得ることができました。

では、次回以降どうするか・・・というと、同じ形ではできないな、と思っています。この2回のイベントを通して、良い面だけでなく、改善が必要な点など、さまざまな意見も出てきました。

これからこのバリフェスを持続させていくならば、もっとプロの意見なども取り入れていかなくちゃいけないかなとも思ったり。
そうなると、今までとまったく違うバリフェスになるかもしれないけれども、ぼくが考えているバリアフリーの形を表せるものにしたいと思っています。

■withコロナの世界の中で

―この冬から春にかけては、コロナ感染拡大の影響で、さまざまなイベントが軒並み中止となりました。たくさんの人を笑顔にしてきたバリフェスにも大きな影響が出ているのではないかと思いますが、今後の廣田さんのソーシャルビジネスは、どんなふうに変化していくと思いますか?

廣田さん:この数カ月のコロナ禍の影響で、不安やストレスなどが増し、ぼくが大切に思っている「笑顔」が失われてきました。美容業界でも休業する店舗も増え、美容室へ行けないお客様は、笑顔になる機会を奪われてきました。

外出自粛期間はあけますが、コロナ感染のリスク自体が終息したわけではないので、これからはコロナと共存する新しい生活を模索する段階に来たともいわれています。

ここで、ひとつ質問をしてもいいですか?神奈川県も外出自粛期間があけましたが、今現在、美容室へ行くことに不安を感じますか?

―正直言うと、不安があります。外出自粛期間中も営業をされている美容室では、消毒や従業員の手洗いやマスクの着用など、「コロナ対策徹底してます」とポスターを掲示してがんばっている姿を見ましたが、わたしは髪を切りには行きませんでした。シャンプー台では顔が近づきますので不安が残りましたし、美容室でおしゃべりもせずに黙々と髪を切ってもらうのもなんだか悲しい気持ちもしましたし。

廣田さん:わかります。じつは5月に、多くのお客様にご協力をいただいて「美容室に行くことに不安を感じますか?」というアンケートをとりました。

この結果、じつに6割近くの方が、美容室に行くことになんらかの不安を感じていることがわかりました。

―やはりそうですよね!いくら美容師さん側が対策をされていても、髪を切る時、お客様であるわたしたちはマスクをとって、完全に無防備な状態になるわけですから・・・不安です。

廣田さん:はい。そこで、「美容室でお客様用のフェイスシールドがあった場合に安心されますか」とたずねたところ、86.7%の方から「安心する」という回答を得ました。

―従業員用ではなく、お客様用のフェイスシールドですか!それは確かにうれしい!お客様との距離が近い美容業界のサービスには、マスクや消毒だけの対策では不安が残りますが、フェイスシールドがあれば、安心を得られそうですね。ケープを巻くように、このフェイスシールドが当たり前のように装着してもらえるといいですね。

廣田さん:よりたくさんの美容室や美容室へ行くお客様へこの対策が広がるように、6月1日より、この美容室のお客様用フェイスシールドのクラウドファンディングをスタートさせました。

ぼくのように、高齢者や障害がある人など、重症化リスクが高い方を施術される美容師さんには、ぜひ使用してもらいたいと思っています。

―安心して元の生活に戻るための手立てとして、たくさんの方に使ってもらえるようになればいいですね。

廣田さん:はい!

―美容を介して、人と人をつなぎ、つながりから新しい価値を生み、たくさんの人を笑顔にする。そんなソーシャルビジネスを手掛ける廣田さんですが、美容業界や美容師に対する思いの強さも、このフェイスシールドの開発を通して感じました。このような廣田さんの思いや活動を支えるものとは何なのでしょうか?

廣田さん:サロンや訪問美容業の面でも、ぼくなりの「バリアフリー」な美容の世界を表現していきたいと思っています。バリアフリーという言葉は、“バリア”ありきなので好きではないのだけれど。

ぼくの中では、美容が精神ケアにつながっているということには確信があって、美容と精神がつながって、その人の生活につながるという矢印はできあがっています。

いずれにしても、ぼくなりのバリアフリーを具現化するには、これからも第一線のクリエイティブな美容の仕事にヘアメイクとして携わりながら、技術や感性を継続的に磨いていく必要性を強く感じています。

編集部のひとこと

編集長

かなさん

お話をうかがっていて、廣田さんの周囲には、多様な人が集っていることがわかりました。

美容業界の人だけでなく、福祉や医療、地域活動、若者、シニア、子どもたち。どんな人にも線引きをせず、ニュートラルに接するご本人の持つ性質が人を惹きつけるのでしょう。

それに加えて、自分をすてきに変身させてくれる美容師としての技術も、廣田さんへのあこがれとなっているのだなとも感じました。すてきなサロンの中で、映画を見ているようなインタビューでした。

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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