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輝く女性インタビュー

自分と向き合い続け、逃げずに壁を超えたい!IBF女子世界アトム級王者 花形冴美選手のインタビュー

チャンピオンベルトと花形冴美選手

写真を撮られることは好きではないと語る花形冴美選手

5度目の世界戦挑戦の末にチャンピオンベルトを手にしたIBF女子世界アトム級王者 花形冴美選手に、これまでの苦悩や葛藤、そしてこれからの人生についてお話をお聞きしてきました。現役の世界チャンピオンとは思えない小柄な体格の花形選手。彼女を支えてるのはボクシングに対する情熱でした。

その情熱が消えそうになったとき、彼女はどうリングに戻ってきたのか。厳しいボクシングの世界を徹底的に楽しんでいる世界チャンピオンとしての彼女に今しか聞けない胸アツインタビューです!

ぜひ、お楽しみください。

聞き手:たいせつじかん編集部

■もう妥協はしたくないとボクシングを選ぶ

学生時代は目立った生徒だったと語る花形選手

-花形さんの学生時代のお話からお聞きしたいのですが、いろいろなスポーツを経験されていながら、高校は有名進学高に入学されていますよね?どんな学生時代だったのかをお聞かせください。

花形さん:そうなんです。中学ではサッカー、高校ではハンドボールをやりました。高校は、1/3が東大に進学するような学校でしたね。

-中学時代は、ジェフユナイテッド千葉・市原のクラブチームに所属されていたんですよね?サッカーと受験勉強も両立させていたんですよね?

花形さん:サッカーは、中学生のチームよりも年長者のチームの方がメインだったということもあったので、私よりもうまい選手ばかりでだったこともありやりきるというところまでは至りませんでしたね。少しくさってしまっていたかもしれません。あと、高校については合格するとは思っていませんでしたけど合格してしまいました。

-ええええ、そんな感じですか?

花形さん:そうなんですよね。やはり人並には勉強しましたけど勉強だけという感じではありませんでしたね。高校ではハンドボールにのめり込みましたね。でも、進学校だったのでチームは強くなかったんです。でも、私は負けたり、妥協したりすることが本当に嫌いだったので、2年生になった時からチームのみんなをグイグイ引っ張っていきました。当時の私は、いい意味でも悪い意味でも周りを巻き込む力が強かったですね。

-でも、進学校ですからそれぞれ勉強もしないといけないですから、なかなかひとつの方向を向くことは難しいのではないですか?

花形さん:それがね、みんなついてきてくれたんですよね。本当に高校時代はチームメイトに恵まれたと思います。そのころのチームメイトとは、今でも仲良くしてもらっています。

でも、高校時代は本当に勉強していなかったので浪人しちゃいました。

-でも北里大学に入学されているんですよね?

花形さん:本当は、医学部に入りたかったんです。それを目標にして、浪人時代に猛勉強しましたが、結果的には北里大学には受かったのですが医学部には入れませんでした。

今思えばですが、今のボクシングに対する情熱と同じほど勉強に熱中できていたら医学部に受かったと思うんですよね。でも、当時の私にはそれをやりきることができす、自分に打ち克てなかったですね。

-なるほど。目標をやり切れなかったという思いが残っているんですね。

花形さん:そうなんです。あとは、大学時代にもハンドボール部に入るですが、高校時代と同じようにグイグイ引っ張ろうと思って入学早々から行動を起こしていたんです。

しかし、大学では高校時代のようにはいかず、ある日当時の4年生に呼び出されて「辞めてもらうことにしたから」って言われたんです。

私は、負けてヘラヘラしているということが本当に許せなくてそういう態度を取っている選手がいたら年齢も関係なく、指摘したりしていたんですがこういったことは大学では受け入れてもらえませんでした。

その経験から、団体スポーツが嫌になってしまいましたね。

-花形さんの思いは、そのチームに必要とされなかったんですね。

花形さん:そうですね。ちょっと人間不信みたいになってしまって、それから1年くらいはアルバイトなどスポーツ以外にやりたことをやりました。

そんななかで、実家と大学の中間にあったこの花形ボクシングジムを知ってボクシングを始めることになったんです。

-団体競技ではなく個人競技を選んだということですね。

花形さん:そうですね。さらに当時は、格闘技が流行っている時期ということもあって格闘技ってかっこいいなと思っていたこともボクシングを選んだ理由にあると思います。

-さらに、同じ頃に日本ボクシングコミッションが女子のプロテストを解禁することが重なるんですよね。

花形さん:そうなんですよ。それを聞いてもうボクシングにかけてみようと思いましたよね。私のなかでは、サッカーをやり切れなかったり、医学部にいけなかったことなど、それらを途中で諦めて、妥協してしまったことが心に残っていました。だから、ボクシングだけはやり切るって決めたんです。

-そして、卒業半年前に大学を中退してしまうんですよね。

花形さん:私にとっては、大学を中退し退路を断つことがどうしても必要でした。そうすることでボクシングに本気で打ち込むことができるし、もう戻れないという事実を作りたかったんです。

-ご両親は、当然反対されますよね?

花形さん:当然、卒業してからやりたいことをやりなさいと言いましたね。でも、それではだめだったんです。覚悟決めなければいけない、そのためには今のタイミングがベストなんだと思いました。

‐もし、医学部に受かっていたらボクシングはやっていなかったでしょうか?

花形さん:やっていなかったでしょうね。あと、ハンドボールも続けていたらきっとやっていないと思いますよ。

‐やはり、花形さんの中で医学部に合格できなかったことと、ハンドボールを途中で諦めたという事実はボクシングに対するモチベーションの源泉として非常に大きな経験なんですね。

花形さん:そうですね。もう自分に負けることは絶対に嫌だったんですよね。

■ボクサーにはケガがつきもの。ケガをしてボクシングを変えた。

花形ボクシングジムの内覧

花形ボクシングジムの様子

ーでは、世界チャンピオンになるまでのお話をお聞かせください。まずは、プロボクサーとしてデビュー戦のお話をお聞きしたいです。

花形さん:デビュー戦では、相手選手のとても良い右ストレートを受けてしまって、それ以降は試合中にずっと相手選手が二重に見えていました。おかしいなって思っていたんですが、試合後に病院へ診察に行ったら顔の骨が折れていました。

ー眼窩底骨折ですか?デビュー戦でいきなり大きなケガを負ってしまうと恐怖心ができてきそうですね。

花形さん:そうですね。それまでパンチをこわいと思ったことは一度もなかったのですが、この試合以降は恐怖を感じるようなりました。ですから、ディフェンスを強化することになったんです。

ーデビュー戦での経験がボクシングスタイルを大きく変えるきっかけになったんですね。

花形さん:そうなんですよね。それ以降は、6戦目の拳の複雑骨折以外は大きなケガはないですから、デビュー戦でのケガのおかげであると言えると思います。

花形選手の右手

手術後が残る花形選手の右手

―拳のケガもされているんですね?

花形さん:試合開始10秒で、相手の側頭部にパンチが入ってしまったんです。その時は、「あっ、折れたな」とすぐわかりましたけど、そのまま試合を続けました。試合後の診断で競技者としての復帰は保証できないと言われましたね。

■世界チャンピオンになるまでの険しいみちのり

チャンピオンベルト

花形さんのチャンピオンベルト

-5度目の世界戦挑戦の末に、IBF女子世界アトム級世界チャンピオンになられたんですよね?この挑戦の過程で印象に残っているエピソードがあればお聞かせください。

花形さん:やはり4度目の世界戦でチャンピオンになれなかった後ですね。じつは、4度目の世界戦後にはすぐに再起を決めて、すぐノンタイトル戦を行うんですがこの試合に負けてしまうんです。

それまでは、何があってもボクシングを諦めようと思うことは一度もなかったのですが、この一戦を落とした後は、さすがにもう諦めようかという思いが何度も頭をめぐってしまって、家から出られず、ジムにも通えなくなってしまった時期がありました。

ー強気な花形選手ではなくなってしまったんですね。

花形さん:そうですね。情けないし、かっこ悪いし、覚悟を決めたはずのことを諦めようとしている自分に打ち克つだけの強い意志がなかなか自分のなかで生まれてこなくてからだが動かなかったですね。

―では、どのようにしてそこからもう一度リングに上がる決意を固めるんですか?

花形さん:月並みかもしれませんが、ずっと応援してくれている人がいたからです。みんな、私が負けても変わらずに応援してくれました。そして、みんなに話を聞いてもらって、応援の言葉をもらって、もう一度自分の中で覚悟を決めました。

一方で、自分自身が「今辞めたら、必ず後悔する」ということを一番分かっていました。

ですから、もう一度立ち上がることができました。

ー5度目の挑戦はやはり怖かったですか?

花形さん:ボクシングは、試合を重ねれば重ねるほど怖くなるんですよね。今思えば、デビュー戦よりも、世界チャンピオンになった今の方が怖さは増えているように思いますよね。

でもね、5度目の挑戦のときは、思考を大きく変えたので負ける気はしなかったんです。これまでは、練習をたくさんして、これ以上できないというところまで自分をストイックにボクシングに向かわせることで試合へ準備をしてきました。

ーなるほど、とことんまで追い込んで追い込んで自信をつけて試合にのぞむということをやっていたんですね。

花形さん:何度も失敗を繰り返しているのでまた同じことが起きるのではないかと、何かが足りないのではないかと考えてしまって、よりストイックに追い込んでいく。この連鎖だったので、心の余裕がない状況で試合にのぞんでいたんです。

そんな状況から、まず必要以上にストイックであることを止めたんです。当然、必要な準備はしますが、それ以上に心に余裕をもつことを優先しました。失敗してしまうかもという思考が現れたら、気分転換をすることでその思考を消していくという作業をすることにしたんです。心に余裕があることで、大丈夫、勝てるという思考に持っていくことできるようになったんです。

―負けてしまうかもという思考をボクシングに集中することで消していく作業を止めて、ボクシングから離れることで消していく作業に変えたんですね!

花形さん:そうなんです。そのように変えたことで、練習量は一番少なかったですが、試合には一番自信をもって望むことができました。

世界チャンピオンになりたいという思いから、世界チャンピオンにならなくてはいけないに変わってしまっていて、それが焦りになっていて力を出せなかったんだと思います。

ーこれはボクシング以外にも、応用できる方法かもしれませんね!では、実際にチャンピオンになったときは、率直にやっとチャンピオンになれたという気持ちでしたか?

花形さん:今でも覚えていますが、試合が終わったときは、周囲の人への感謝しか気持ちにありませんでした。ありがとう以外に言葉になりませんでしたね。

■最後の壁を乗り越えたら引退

引退について語る花形選手

この先の人生について語る花形選手

ーでは、今後のビジョンについてお聞かせください。

花形さん:ボクシング人生を通しての目標は、世界チャンピオンになることではなかったんです。私の中での目標は、覚悟を決めて飛び込んだ道で逃げずにやり切る、逃げそうになる自分に打ち克つということが目標でした。世界チャンピオンは、この目標を達成した結果として手に入るものでした。

その点でいうと、この目標は自分でも納得する形で達成できたと思っていますが、もうひとつの目標があります。それは、試合で自分の力を出し切るということです。今までの試合で、納得する形で自分の力を出し切れたことはなかったので、どうにかしてこの目標を達成したいと思っています。でも、この目標が達成できてもできなくても2年でボクシングは引退します。

ボクシングを辞めた後の人生の方が長いですし、結婚もしますので期限を決めて挑戦しようと思います!

ーご結婚おめでとうございます!2年ということはあと、何試合くらいチャンスがあるんですか?

花形さん:おそらく、多くて4試合ですね。ここで達成できるようにがんばります!

ーもう一度人生をやり直すとしたらまたボクシングをやりますか?

花形さん:ぜったいにやりません!ボクシングはやり切りましたし、やってきたことには自信があります。

あとは、やっぱりボクシングは大変なスポーツなんです。常に自分自身と真剣に向き合い続け、自分のだめなところや嫌なところを見つけては修正していく作業を続けるんですが、これが本当に大変なんですよね。(笑)

ーでは、最後の質問です。23歳のころにプロボクサーの道を選んだことに後悔ありませんか?

花形さん:それは100%ありません!

―愚問でした!今日はありがとうございました。

編集部のひとこと

ライター

ゆめちゃん

小柄な彼女が世界チャンピオンになるためにどれだけの困難があったかは想像することしかできません。おそらく、肉体的にも精神的にも圧倒的な努力の積み重ねの末に手にした世界チャンピオンであると思います。

しかし、彼女はその結果として手に入った世界チャンピオンという肩書にはいっさいの興味がないと言います。世界チャンピオンという肩書にすがることなくあと2年での引退を決め、結婚を控え、その後の人生を見つめる彼女の視線は希望に満ちていました。

2年後に引退を決めた花形選手に目標が達成されたかどうかを聞きに行こうと思います!

編集部メンバー

編集長
かなさん

ふたりの子どもがいるワーママ。お酒が好き。とにかく声が大きい。

ライター
せいくん

家事全般、特に料理が得意な新人ライター。気も声も小さい。

ライター
ゆめちゃん

好奇心旺盛。食べ歩きや女子会が大好き。いつもTシャツ。

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